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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

性別 女性
将来の夢 可愛いおばあちゃん
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ラ・シャルール・ドゥ・ノアール ―黒の温もり―

16/04/25 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:14件 光石七 閲覧数:1443

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 本当の理由は誰にも言わないし、言えない。強いて言うなら、悪いのは私だということ。誰のせいでもない、私が弱かっただけ。
 抗うつ剤なんて、飲んでも飲まなくても一緒だ。私が本当は何に絶望していて、心の奥底で何を思っているのか、私はあえて誰にも伝えない。
「私なんかが生まれてきたのが間違いだった」
「生まれてくるんじゃなかった」
「なんで私を生んだの?」
生み育ててくれた親を否定する言葉だと、傷つける言葉だとわかっているから、そういうのも飲み込んだままにしておく。でも、自分に生きてる価値があるとは思えないし、もうやりたいことも夢も無い。私に未来なんか無い。生きててもしんどいし、疲れた。もう全部終わりにしよう――。そう決めた。困るのは、決行前に横槍が入ること。小康状態が続いていると思われれば、変に心配されることは無いだろう。だから私は元気を装っていた。でも、もうそろそろ頃合い……というより限界だ。


 父も母も出勤した。夜勤明けの妹は、帰宅したと思いきやすぐに着替えて遊びに出かけてしまった。――今日、今、決行しよう。この苦しみから解放されよう。私は台所に行き、一番よく切れる包丁を手に取った。……手首じゃ不確実、頸動脈を切ったほうがいい。ネットで得た情報を頭の中で反芻する。包丁の柄を両手で握り、右側から刃を首筋に近づける。……それとも、前から一気に喉に突き刺すか? 別な情報を思い出した。いや、体勢的に力が入りづらいから難しいか。やはり頸動脈を……。ネットの画面の記憶が中途半端に交錯する。刃先を肌に当てては離し、離しては当て、を繰り返す。なかなか刃を首に食い込ませることができない。包丁を持つ手が震えてきた。
 生きてることが苦痛なのに。未練なんか無いはずなのに。鋼の冷たさと鈍い光がこれ以上押し進める力を奪う。
 突然、ガタガタッと網戸が揺れる音がした。
「……ノア?」
「ニャー」
台所と居間を隔てる引き戸はいつも開け放たれている。居間のガラス戸の向こうに見える垣根と黒い影。躊躇してたら、ノアは再びジャンプして網戸に爪を引っ掛けてぶら下がり、ニャーニャー鳴く。「開けて」「中に入れて」と訴えているのだ。私はゆっくり包丁を下ろした。包丁をシンクの横の調理台の上に置き、フラフラと居間に向かう。ガラス戸と網戸を少し開けると、ノアがするりと隙間から入ってきた。ノアは私の足元にまとわりつき、しつこく鳴いてエサを催促する。
「……おかえり」
居間の片隅に置いてあるエサ皿にキャットフードを入れた。ノアが口を付けるのを確認して台所に引き返す。ノアのことだ。食べ終えたらまたすぐ外に出るか、部屋を移動してお気に入りの毛布の上で昼寝するか、だろう。ノアが甘えてくるのはお腹が空いてる時くらいで、あまり愛想は無い。むやみに触られたり構われたりするのを嫌う。
 台所に戻ると、さっきまで握りしめていた包丁が目に入った。手を伸ばしかけて引っ込める。体中の力が抜け、そのまま床にへたり込んでしまった。
(結局私は……)
立ち上がる気力も無く、私はシンクにもたれかかって目を閉じた。
 不意に、手の甲にザラリとした湿った感触が走った。目を開けると、ノアが私の手を舐めていた。五、六回ペロペロすると、今度は私の上腿に体をくっつけるように香箱座りになった。ノアの体温が伝わってくる。私はノアの背を撫でた。ノアが嫌がる素振りは無い。
「ねえ……私、どうしたらいい……?」
本当の理由は誰にも言わないつもりだったし、誰かに相談するつもりもなかったのに、思わず口から漏れた。涙まで我知らず滲んでくる。ノアは何も答えなかったけれど、少々長めの黒一色の美しい毛並みは、いつも以上に触り心地が良かった
 抱き上げてもノアは逃げようとしたりせず、なされるがままだった。私はノアを膝に乗せた。ノアの背中に顔をうずめる。――温かい、柔らかい。私はひとしきり泣いた。自慢の毛並みが濡れて乱れても、ノアは私の膝から降りようとはしなかった。


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このストーリーに関するコメント

16/04/25 霜月秋介

光石七さま、拝読しました。

主人公の生きづらさ、哀しみがじわりと伝わってきました。猫の温もりが主人公の冷えきった心を温め、カタルシスとなったのですね。

16/04/26 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

死ぬ勇気があれば、生きる勇気だってもてるのじゃないかという発想は健康な人が思うことで、
うつ病になったらそんな風には思えないのかもしれませんね。
言葉ではなく、その存在自体で人の心に寄り添うことのできる
猫という存在の温かさに触れた気持ちになりました。

16/04/30 光石七

>霜月 秋介さん
コメントありがとうございます。
主人公の思考・感覚は理解されづらいかもしれないと思っていましたが(特に前半)、受け止めてていただいたようでありがたく思います。
仰る通り、猫の温もりが主人公の心を温め、鬱屈した思いや苦しさを溶かしていったのでしょう。

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
ノアのモデルは愛猫でして、自分の経験をもとに書きました。
本当に、思考が普通じゃなかったですね…… 愛猫がいてくれてよかったです。
普段はわがままで気まぐれ、あまりつれないのに、本当に辛い時は傍にいてくれる。不思議です。そして、その温もりに癒されて……
愛猫には本当に感謝しています。……家の柱や障子をボロボロにされてますが(苦笑)

16/04/30 滝沢朱音

このお題を見たとき、いちばんに光石さんのことが浮かび、楽しみでした(ΦωΦ)
シンとして漆黒で、悲しいけれど…やはりあたたかい掌編でした。

刃の鋼の冷たさ。
ノアちゃんの舌のざらりとした感覚と、そのあたたかさ。
この対比があざやかで、主人公の心の動きにそえたような気がしました。

にゃんこのお話。そしてもちろん、そのほかのお話も。
これからも楽しみにしています♪

16/04/30 光石七

>滝沢朱音さん
テーマ自体が【ねこ】というのは難しいなと思いましたが、自分の経験をもとに書いてみました。
とにかく書いて吐き出した感じといいますか、細かな描写まで気が回っていないし、構成もしっかり練らないままでしたが、そのような対比として捉えて下さるとは。
温かいエールに励まされました。
ありがとうございます。

16/05/02 キャプリス

光石七様 拝読しました。
苦しい話ですね。自分の経験をもとに書きましたとのことですが、あなたが可愛いおばあちゃんになられることを切に願っています。

16/05/05 光石七

>キャプリスさん
コメントありがとうございます。
うつ病は調子が良くなったり悪くなったり、波を描きながら全体的に快方に向かっていくのですが、振れ幅が大きく下がってどん底に近かった時の話です。今は大丈夫ですよ。
うつの時の思考って、視野が狭くて非論理的なんだけど、変なところで律儀で論理的で、自分で自分を苦しめてる部分がありますね。

16/05/05 クナリ

自分も、車のなかで包丁で同じことを試みたことがあるので、逡巡のしかたがリアルでした。
そう、真っ正面より斜めに角度をつけた方がいいかで悩むんですよね。。。
で、座った状態だと力が入りにくそうだし、失敗して大怪我するのは絶対やだし……とか言ってる間に人に見つかってしまいましたが(^^;)。
血が飛び散ると後始末が大変そうだから、ごみ袋とガムテープで作った繭の中に入ったりして。
まあ、主人公も自分も早まらなくてよかったですッ。
人と猫、違う生物でも、同じ時代の同じ場所を共有しながら仲良しであり続けたいですね〜。

16/05/07 つつい つつ

確かに、猫は、きまぐれだとか冷たそうってイメージを持つ人もいると思うんですが、本当につらい時、悲しい時に、ずっと傍にいてギュっと抱きしめても逃げたりしないなって思います。落ち込んでるのをちゃんとわかってくれるから猫は可愛いです。

16/05/09 にぽっくめいきんぐ

拝読しました。
にゃんこえらい\(^o^)/ (幼稚な感想)

16/05/09 光石七

>クナリさん
コメントありがとうございます。
そうそう、幾分かは怖さもありますが、どの方向からどの角度で行くのが一番効果的なのか迷いますよね……って、こういう点で意気投合するのもどうかと(苦笑)
ホント、早まらなくてよかったです。
猫って気まぐれだけど、こちらの気持ちがわかるのか、本当にしんどい時は寄り添ってくれますね。
愛猫に感謝して大切にしなきゃ……って、コラ、ちーちゃん! また障子をボロボロにして! もう〜

>つつい つつさん
コメントありがとうございます。
本当に不思議なことに、ちょっとやそっとじゃ立ち直れないほどマジで凹んでいる時や、つらい時、悲しい時、猫は傍にいてくれるんですよね。
私も愛猫に何度救われたことか。
気まぐれでツンとしているようでも、やはり猫は優しさも持っていると思います。

>にぽっくめいきんぐさん
コメントありがとうございます。
猫の存在に救われたことを書きたかったので、ちゃんと伝わったようでうれしいです。

16/05/10 石蕗亮

拝読致しました。
猫独特の直感がリアルに表現され真に迫るというか、作品の世界に引き込まれてました。
私も鬱で暫く仕事から離れたことがありました。
その頃はまだ実家に猫はいませんでしたが、今は居りよく会話します。
猫って家人をよく見てるんですよね。
良い作品でした。

16/05/12 冬垣ひなた

光石七さん、拝読しました。

自分も精神患っていますが身近でも何度か自殺未遂があって、
病魔って実際いるんだなと思うようになりました。
こう、具合悪いと自覚症状がないのですね。助かって良かったと思います。
猫は冷たく孤独なイメージもありますが、疲れたとき苦しいときは人間以上に察してくれる、
そんな存在なのだと思います。小さな生き物なのに、不思議ですね。
ねこちゃんシリーズ、私も楽しみにしています♪

16/05/13 光石七

>石蕗亮さん
コメントありがとうございます。
自分の経験をもとに書いたので、文章が拙い割にはリアリティを感じていただけたかもしれません。
普段ツンとしていて気ままなようでも、こちらが本当に辛い時は傍にいてくれる。猫は不思議です。気まぐれに振る舞いながらも、ちゃんとこちらのことを見てくれてるんですね。
お褒めいただき、恐縮です。

>冬垣ひなたさん
コメントありがとうございます。
私の場合は自覚症状が無いというより、思考が変な方向に固まっちゃってた感じですね。
猫は本当に不思議です。普段はわがままで気まぐれ、つれないことのほうが多いのに、こちらが本当に辛い時は察したかのように傍に来て寄り添ってくれる。
ねこちゃんシリーズ…… 光石はやたら猫の話を書いてるイメージがあるんでしょうか?(苦笑) まあ、プロフィールの写真は猫ですが。
でも、投稿を楽しみにしていただけて、とてもうれしいです。

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