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吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
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金の指輪

16/04/21 コンテスト(テーマ):第78回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:813

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仕事を辞めたばかりの女が市立図書館にいる

ぼんやりと椅子に腰かけて外を眺めている

机の上には「一級建築士資格取得対策」という本がひろげられ

ノートと筆箱が閉じられたまま本の横に並べられている

窓の外は緑深い公園、その向こうにはタワーマンションがみえる

平日の図書館は老人がちらほらいるだけで閑散としている

会社辞めなきゃよかったかな、と女は呟いてため息をつく

結婚したいな、と女は肘をついてタワーマンションを覗く

部屋のなかまで見えるわけはないが、

そこには幸せが詰まっているような気がする

太陽の光を受けて輝いているタワーマンション、切ない憧れ

子供がほしいな、男の子がいいかな、子犬も飼いたいな

女は無意識にほほ笑み、胸を甘い蜜で満たしている

彼氏もなく、アパートの家賃は滞納し、財布はからっぽ

建築士の資格をとれる見込みはなく、次の就職先のあてもない

実家に戻ってお見合いでもしようかな、それもありかな

今さら実家になんて帰れない、妹に馬鹿にされてしまう

お姉ちゃんには一人暮らしは無理だって言ったでしょう

妹の蔑んだ眼差しが思い浮かんでくる、冷たく突き刺さる笑い

お金がほしい、誰か貸してくれないかな、催促なしで

女は足を揺らし、ふたつ隣に座っている老人をみる

老人は午後の日差しを頭に受けながら、気持ちよさそうに眠っている

老人が枕にしている本は「ソクラテスの弁明」

微かに香水のかおり、真っ白なワイシャツ、ツイードのジャケット

きれいな白髪、机の上には鼈甲の眼鏡と万年筆、金の指輪

女は音をたてないように椅子をずらすと、左手をのばしていく

身体を傾け、中指と親指の先で金の指輪を固くつかむ

左の薬指に指輪をはめるとちょうど良いサイズ、金の重みがつたわる

陽の光を受けて輝く指輪、美しく豊かな気分にしてくれる

老人は気持ちよさそうに眠ったまま、笑みさえ浮かべている

女はノートと筆箱を鞄にしまい、本を抱え、椅子を引いて立ち上がる

老人を起こさないように静かに、静かに立ち上がる

そして、老人の後ろに行って立つと、指から指輪をはずして、そっと

そうっと老人の頭の上に乗せる

白髪のうえで金色に輝く指輪、やさしげな老人の頭で輝く指輪

女はしばらく無表情にながめて背中をむける

なさけない気持ちとやるせない気持ち、黒い満足感が渦をまく

タワーマンションまで行ってみよう、下から見上げてみよう

女は本の間をぬけて、まっすぐに出口に向かって歩いていく


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