1. トップページ
  2. 水禍のイデア

ラズさん

よろしくです。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

5

水禍のイデア

16/04/10 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:0件 ラズ 閲覧数:541

この作品を評価する

「『幽霊』ってのは輪転する時間に焼きついた影のようなものらしいな」
唐突な友人の言葉に烏丸は面食らったが、
「なんだ、水槽のなかで手招きする女でもみたか?」と茶化すと、
「手招きはしないらしいが、まあそんなとこだ」
と至極まじめな調子で返ってくる。直前までは夜行性のイタチザメの飼育についての話だった。
四月から高野の勤める京都の水族館が改築され、元はクラゲや熱帯魚のいたコーナーに展示されているらしい。
久々に高野に誘われて飲み屋へ入ったが、急な話題の転換と彼の深刻な様子に、烏丸はさてはこれが本題かと察する。
大学時代は心霊研究会に属していた烏丸は興味をそそられ、話をうながすと、
「去年の暮れ頃から、夜中に、いくつかの水槽で女の子の霊が目撃されるようになったんだ。確認しても姿はなくカメラにも映っていない。異様に長い髪を水中に広げて、裸で水中にいるらしい……俺はまだ見ていないんだが」
「面白そうだな。でもおまえにとっちゃ――」
「そう、俺はいまだにそういう類の話は大の苦手なんだ。でもサメの飼育が始まっているし、来週には自分も連続夜勤につかなきゃならない。だからその前に原因を探って解決できないかと色々調べたんだ。それでまず施設のなりたちにいきついた。 」
と高野は携帯アプリから数種の画像を見せる。古い日本画のようで、どれも海洋生物がモデルのようだが、妙に形がいびつなものもいる。
「今の施設は元は資料館で、この絵は当時から館内にあったんだ。で、明治に地元のレントゲン医師が買いとって改築したんだが、海から離れた土地にこういう絵があるのが不思議で、幼い頃から心に残っていたのがそこを水族館にした主なきっかけらしい」
「これ、かなりおかしな姿のもいるが、相当古いものなのか?」
「この絵自体は江戸後期のものだが、元にしたのは実際の生き物でなく、平安絵巻の断片を模写したものだ。でその絵巻は、資料館の敷地にかつてあった屋敷、そこに居た一族を平安まで遡ってのある貴族の娘に由来があるらしい」
「フーン……じゃ正体はそのお姫さまだってオチか?」
「ところが元の絵巻を調べようとしたところ、物が壬生寺にあったらしく昭和の放火で焼けていて……この線は消えてしまったんだ」
高野は無念そう押し黙った。と、今度は烏丸が口を切り、
「さっきの輪転ってのは宇宙のループ、仏教でいう循環的時間ってやつだろ? で、無限にリセットされるはずが、特定箇所になると残滓する記憶カスみたいなのが生じて、ループ毎それが濃くなっていくっていう。『幽霊』てのはその一種の現われだってな。しかしこら、オカルトにしても古い説だな」
「そうなのか?」
「宇宙絡みなら今はループよりブロックもの、『全時間は同一時空に存在する』って四次元主義にのって霊現象を解明しようとする動きが活発になりつつある。ま、これにしても詰めれば量子論とぶつかる話なんだけどな」
と何かあれば力になると烏丸は約束してこの日は別れた。
しかしふた月ほど経ち連絡がきた際には、その後少女が目撃されることはなくなったとのことだった。

時は変わって治承元年の春、珊幡なる姫がその頃奇怪な夢をみるようになっていた。
齢十三の無邪気な娘で「今朝は大きな指貫(さしぬき)のおばけをみた」などと目覚めた朝に、母がおそろしくなかったかときけば、白く透き通っていて月のように美しかったと嬉しげに応えたりする。そうした夢は昨年上京してから見始めたようで、当初は楽しいものだったらしい。
自身は水の中にいるようで、魚の類をよく見るが、それらは常とはちがう色を帯び、なかには衵扇のごとき艶やかなものが無数にいて、それらが一斉に鼻先をすぎたときなどは天上の社殿へ招かれた心地であったとも話した。
そうした景色の様変わりしたのが春からであり、一転して朝に憔悴した顔で起きては、まるで鬼の棲家を語るかのようになった。
きれいなものはどこかに失せ、代わりにみるのは鋭い歯をもつ禍々しい姿で、夢で姫は岩陰に隠れ、あれこそ悪道をまよう紺青鬼であろうと震えているという。
いつか捕まるのがこわいと母に泣きすがるようになり、家人は縁ある心浄光院のつてから夢占いを頼んだ。
夢解き人は今に至るまでの全ての夢を姫に語らせると、百秋なる巨勢派の画人にそれを描かせた。並べた絵より夢に秘められた宿世を探ろうとした。
しかしその間にも姫は弱っていき、ある晩寝間より叫び声が上がった。家人が駆けつけると、姫は激しい怖れに顔を歪ませ、すでに息をひきとっていた。
あまりの憐れに母が涙すると、とった娘の手に青黒いあとが点々とある。灯を寄せあらためると体中にみられ、まるで獣の歯牙をうけたかように夥しかったが、それらはしかし夜明けには消え失せてしまった。
画人の絵は一巻にまとめられ、のちに律宗の壬生寺へと納められた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン