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たんぽぽ3085さん

コピーライター&デザイナーとしてうん10年。とにかく書くことと描くことが好き。

性別 男性
将来の夢 悠々自適
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あなたとの物語

16/04/06 コンテスト(テーマ):第78回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 たんぽぽ3085 閲覧数:565

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Kという街に今にも崩れそうな古本屋がある。

ある日、今にも息絶えそうな心を抱えた若者が、
気まぐれにその店内に足を踏み入れた。
本が読みたい気持ちなんてさらさらなかった。
仕事での失敗や恋人との別れが重なり、将来への希望の欠片さえ失われた。
だから、朽ちかけたその本屋がまるで自身の姿の投影みたいに感じられたのだ。

想像とは違い、若い女性がレジに座っていた。
しばらくは、ぼんやりと書棚を眺めていた若者に、その女性が声をかけた。

「なんだか、この世の終わりみたいな顔色してますね。
 大丈夫ですか?」

急に声をかけられて、若者は面食らった。
それに、初対面の相手に、何て失敬な言い草だろう。
ただ、店員女性の微笑みがあまりに純粋で無垢な印象だったので
不思議に腹は立たなかった。
若者は曖昧に頷いて苦笑を漏らし、書棚に目を戻す。

「何があったんですか?」
少しだけ眉を潜めた表情が若者を凝視した。
本気で心配しているような真剣さが顔に滲んでいる。
これが下町気質ってやつか?
人との関わりに壁をつくらない。
あっけらかんと踏み込んで来るから、嫌な気もしないが…。

「ちょっと、しんどいことが続いちゃって、まいっているんです」
つい、本音を返した。

「だったら、これがお奨めですよ!」
彼女は手にした文庫サイズの本を若者に差し出した。

真っ白い表紙には『あなたとの物語』というタイトルだけ。
イラストも何もない素っ気ないものだった。
「これ、あげますよ!」
微笑む彼女は、冗談とは思えない真剣なまなざしをしている。

「も、もらえませんよ。そんなにお奨めなら買いますよ。
 おいくらですか?」
それ以上やりとりするのが面倒になって若者が言うと、
「5円です。だって、これも何かのご縁ですものね?」

以前だったら笑えたろう。でも、今はとてもそんな心境じゃない。
若者は怪訝そうに店員を見つめた。

「初めての客をからかって…。バカにしないでください」
すると店員がいたずらっぽく笑う。
邪気のない笑顔で真っすぐな視線を投げてくる。

「肩のチカラ抜きましょうよ。暗い顔をしていたら、
 幸せも逃げ出しますよ」

少しばかりカチンときた。
なんで、こんなところで説教されなきゃならないんだ?
それも、ほぼ同年代の若い女に…。
店員は微笑みを浮かべたまま、尚も本を差し出している。
根負けだ。おせっかいだとは思いつつ、何となく気持ちが安らいだ。

「はいはい、分りました」
言いながら5円玉と引き換えに本を受け取って店を出た。

マンションに戻り部屋を見渡して、思わずため息が漏れた。
散らかり放題だ。ここ数日は掃除をする気にもなれなかったから。
パソコンに向かい、仕事の残りを片づけた。
ビールを飲みながら、何気なく、さっき買ってきた本を広げる。

目次には、“第一章 出会い”としかない。
さらに頁をめくると、

   Kという街に今にも崩れそうな古本屋がある。
  ある日、今にも息絶えそうな心を抱えた若者が、
気まぐれにその店内に足を踏み入れた。

そこで文字は途絶えている。後は延々と白紙の頁が続くだけ。

なんだこれ?

やはりあの女店員にからかわれたのだ。まったく…。
バカバカしくて怒る気にもならない。

でも、彼女、ちょっとタイプだったかな…。

それから二週間後、若者は再び古本屋を訪れた。
なぜか足が向いてしまった。不思議だった。
同じ女性店員が微笑みで迎えてくれた。
あの日に5円で買った本の中身のことには触れずに世間話をした。

楽しかった。徐々に彼女に好意を感じはじめた。

「わたしね、実は魔女なんですよ」
彼女の一言に、ぼくは笑った。
そんなことをさらっと言えるユーモアにも惹かれた。

若者のマンションの本棚にある『あなたとの物語』の
目次の頁に、新たな章のタイトルが浮かび上がる。

第二章 恋のめばえ




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