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ゆひさん

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ペデストリアンデッキ

12/09/03 コンテスト(テーマ):第十四回 時空モノガタリ文学賞【 駅 】 コメント:1件 ゆひ 閲覧数:1533

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「ペデストリアンデッキ」 高架等によって車道から立体的に分離された歩行者専用の通路のことをいう。 つまりここ、仙台駅西口ターミナルの上に作られたコンコース。 その「ペデストリアンデッキ」に、彼はいた。
「柏駅東口も、ここと同じ作りになっているんだけれど、そこの通称は「ダブルデッキ」と言うんだよ。どうして? っていうのは、ナシね? それ以上は知らんから」
ペデストリアンデッキのことを教えてくれたその人は、ギターのチューニングを始める。 彼はたぶん、ストリートミュージシャンで(確認はしていない)、 年のころは、二十代前半くらい(こちらも、確認していない)。私は、ちょうど帰り道を通る、事務職のOL。 彼より少し年を重ねている、といったところ。
「カシワって、どこ?」
暇を持て余して、彼と話すようになったのは、1ヶ月ほど前から。毎週土曜日の午後8時、彼はここで1曲だけ「別れのうた」を歌うそれに聴き入ったのは、ちょうど私が、恋人と別れたてだったから。 別れてぽっかり、その時間が空いてしまったから。 そうじゃなかったら、たぶん、素通りしていた。
「千葉県だよ。知らない? 柏レイソルとか。ベガルタと同じ黄色のチームだよ」
「知らないなぁ。あなた、千葉県の人?」
「千葉県の人じゃなくても、たいていの人は「柏」を知ってるよ」
「そんなもの?」
「そんなものだよ」
「嘘だ」
そう返すと、彼は小さく笑って、ギターを鳴らし始めた。
「今日は、どんな曲?」
「別れの曲」
いつもの曲だ。
「それしか知らないの?」
「知ってるよ、出会いの曲も、ラブラブな曲も。知ってるから、別れの曲を歌うんだよ」
「どういうこと?」
彼は、手を止めた。 響いていた弦の余韻が、空気の間を漂う。
「たとえばさぁ、君が別れの歌を聞いて、泣きたいとき、 本当はどんな気持ちになってる?」
「どんな気持ちって、泣きたいと思ってるんじゃないの?」
「違うね、本当は笑いたいと思ってる」
泣きたい時に、本当は笑いたい。別れたてのあのとき、私は泣きたいと思って、別れの歌を聞いていたけれど、本当は笑っていたかったんだ。 そうか、そういうことかもしれない。 じゃぁ、別れの歌ばかりを歌う、この人はもしかして笑いたいのかな。
「あなたも、そうなの?」
彼は、優しく私に笑いかけながら、 「別れのうた」を歌い始めた。こればかり聴いているので、 私の耳にこびりつき、ソラでも歌えるようになってしまった。今の私は、それを笑って歌っている。







柏駅東口の「ダブルデッキ」は、 仙台駅のミニチュア版みたいに見えた。大きな時計が、午後8時を示している。 空の高さが、仙台とは違って、なんだか低い。私はギターのチューニングを始める。
「仙台駅も、ここと同じ作りになってるんだよ」
このところよく来る女子高生に、私はそう言う。
「仙台? あぁ、おねえさん、仙台の人なんですか?」
「仙台の人じゃなくても、たいていの人は仙台駅のことを知っているよ」
「そんなもの?」
「そんなものだよ」
「嘘だぁー」
私は、彼に教わった「別れのうた」を歌い始める。 私の弾ける曲はこれだけ。これ以外は、私には意味がないのだ。歌い終わると、女子高生は「やっぱり、いい曲ですね」と拍手した。私は「ありがとう」と答える。
「おねえさんがこの曲しかやらないのは、 きっと、笑いたいからなんでしょうね」
ふいに言われたその言葉に、私はドキッとしてしまう。 この子はもう、知っているのだ。 泣きたいときに、本当は笑いたいことを。もし私の命が尽きたなら、この曲を彼女のものにしてもらおう。 限りなく健康体の私の命は、まだまだ終わりそうにないけれど。
「君は、出会いの曲も、ラブラブな曲も知ってる?」
そう聞くと、彼女は「おねえさんほどじゃないですけど」と、頭を掻きながら、おどけるように笑った。仙台駅のペデストリアンデッキで笑っていた彼の、 歌声が聞こえてきた気がした。


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このストーリーに関するコメント

12/09/08 デーオ

シーンが目に浮かぶように書かれていて、会話文もいい。
最初、前半と後半のつながりが分からなかったので、読み直した。
評価します。

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