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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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ベンチ

12/09/03 コンテスト(テーマ):第十四回 時空モノガタリ文学賞【 駅 】 コメント:0件 汐月夜空 閲覧数:1475

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 ガタタン、ゴトトン……、ガタタン……。プシュー……
 扉が開く。しかし、誰も降りてこない。誰も乗ることはない。
 車内の者は皆、手元の本や携帯に夢中になっている。中には窓の外を眺める者も居るが、遠くの景色を眺めるばかりでこちらに気付くことはない。
 ヒビの入ったアスファルト、そこから顔を出す緑の濃い雑草たち、黒く滲んだトタンの壁、肉眼で見えるほど汚れた蜘蛛の巣が張り巡らされた鉄柱、土ぼこりにくすむ古い自動販売機、そして、その横のささくれ立った木でできた朽ちたベンチ。
 そのベンチの上で私は、蝉の消えた残暑の中、電車の向こうの広大な田んぼの黄金に輝く穂波を見ていた。もう、幾何の間そうしているかは分からない。数えきれないほどの年月をそうして過ごしたような気もするが、それを咎める者は此処には居ない。
 ……ピリリリリッ!
 訪れた電車の先頭車両の窓から、若い車掌の吹く笛が軽快に響いた。
 その目からは乗らないの? というこちらを気遣う視線を感じないでもなかったが、やがてダイヤに誘われるように扉は閉じられ、ガタタンゴトトンと来た時とは反対方向へ風を切っていった。
 静寂の戻った構内を優しい風が駆け抜けていく。やがてその波は黄金を揺らし、私の視界の届かない世界の果てへと消える。この風景だけは例え百年見たとしても見飽きることはないだろう。
 私はくたびれたショコラ色のブランドのトートバッグから、太陽に染まった白基調の本を取り出し、そのでこぼこと波立つページを皺の刻まれた指で捲った。
 遠い昔の、私の日記。
 そこには若かりし頃の私と、彼の記憶がある。
 彼、そう。私はここで、人を、彼を待っている。
 車掌に憧れる彼の姿を、焦がれる瞳で見つめ続けた私は、ここで彼を待ち続けている。
 ひまわりの造花がついた麦藁帽子と、白いワンピースを着ていた私は、その格好のまま過去から今までを渡り歩いてきた。心も色あせないままに。
 あなたは車掌になれたかしら。
 どうかしらねえ。あなた、鈍くさかったもの。分からないわよねえ。
 日記の中にはそんな自問自答が詰まっている。
 私はそれを指でなぞりながら、しゃがれた声で彼の名を呼び、こぼれる笑みを天へと向けた。
 今日は抜けるような青空だ。橙色の朝の光が涼しく透明な空気に温もりを与えている。今日も暑くなりそうだ。
 ホウ、と息を吐き出して、俯くと。
 優しい眠気が私の身体を満たしていく。
 風も心地よいし、日差しも気持ちいい。少しくらいうたた寝してもいいかしら。
 そう考えて日記を閉じて、私は夢の世界へと意識を手放した。

 
 ☆ ☆


 ガタタン、ゴトトン……、ガタタン……。プシュー……
 電車の音で意識が戻るのを感じた。でも、なぜか身体はぴくりとも動かない。だからもう少し寝ていることにしよう。
 もう一度意識を手放そうとしたところで、名前を呼ばれた。
 アイちゃん。
 そんな風に呼ばれたのはずいぶん久しぶりのことだった。
 アイちゃん。迎えに来たよ。
 懐かしい、幼い声。――彼の、声。
 私はゆっくりと身体を持ち上げて、前を向く。
 眩い陽光の中、輝く穂波を背景に、カブトムシのワッペンをつけた麦わら帽子の彼が私に向かって右手を差し伸べていた。左手には虫取り網、ランニングシャツにたすき掛けに
かけられた籠。
「車掌さんにはならなかったの?」
 ついて出た声は、懐かしい声だった。
「資格を取れなくてね。今はこうして電車を乗り継いでは、人を運ぶ仕事をしているんだよ」
 そう言って彼が指差す籠の中には穏やかに飛び回っては、お互いにぶつかり合い、そのたびに柔らかに、さまざまな色に発光する光の玉があった。ヒトの生きた証。
「それ、電車である必要ある?」
 私が笑うと彼は、ニハハと歯を見せて笑った。
「あるんだよ。向こうの世界とこちらの世界の境目は、『間』にあるからね」
「間?」
「そう、間。駅と駅の間だったり、過去と今の間だったりね。特にこの駅は便利だよ。境目があってないようなものだし」
 彼はそう言うと、虫取り網の柄の部分を上から下へと振り下ろした。すると、ジッパーを開けたように黒い世界が顔を出す。不思議と恐怖は湧いてこない。
「それでも、やっぱり電車である必要はないと思うけど?」
「まあ、ね。さ、君たちも行くよ」
 彼は舌を出して言ってから籠の蓋を開ける。すると、勢いよく飛び出した光が子供の形を取り、ギャーギャーと笑いながら騒ぎ出した。
「あー、うるさいよもう!」
 そんなことを言いながら、さみしそうにしている子の手を握る辺り、彼は変わってはいなかった。優しい彼のままだ。
 私は彼の空いた左手をぎゅっと握ると、ベンチから立ち上がり彼に笑いかけた。
 微笑みを浮かべた彼の頬は、リンゴのように赤く染まった。
 


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