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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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たとえ全米は泣かなくても

16/03/28 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:614

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『☆★★★★観る価値なし、金と時間と資源と人生の無駄』
 業界屈指の辛口で知られる映画ライター、富野ヒロキは今月も送られてきた見本誌を手に取ると、担当した新作映画の批評コーナーにさっと目を通した。
 これはまた、制作会社と主演俳優のファンから編集部宛てにクレームが来るかもしれないな。
 徹頭徹尾自分で酷評しておきながら、どこか他人事のように笑って富野はグラスの氷をからんと鳴らした。ラフロイグの香気が熱く喉元を通り過ぎると、そのままソファの背もたれへと倒れ込んだ。
 何度思い出してもつまらない映画だった。そのくせプレミアを始め宣材にだけは無駄に金をかけ、話題の芸能人を連れてきたり予告編をCGで大仰に盛ったりする。そうでもしなければ金を回収できないのだと世の必要悪を理解こそしていたが、それでも富野は自らの感性だけを頼りに「二度と観るか」と最後に締め括った。
 歯に衣着せぬ富野のレビューは映画ファンの間では定評があった。その影響力を見込んで制作会社から美味い話を持ちかけられた事も少なからずあったが、富野はこれらを全て断っていた。大人なのに誠実でいられる事だけがフリーの身の上に許された、数少ない特権だった。
 読み終えた見本誌をテーブルの上に放ると、富野はソファーを中核に据えてホームシアターの準備を整え始めた。ただこれをしたいが為に防音設備の整った、年収からやや背伸びしたマンションに居を構えたのだった。
 暮らし向きは悪くなかったものの、それも独りでいるならば、という但し書きの上での事だ。もっとも、富野は誰かと連れ立って映画を観る事がこの上なく嫌いだったが。
 樽の中のウイスキーと同じで、ただの感想を商品となり得るレベルまで昇華させるには思索に充てる静寂と時間が要る。隣に誰かを座らせた瞬間、映画はただの手段と成り下がってしまう。だから、極力独りで観て欲しい。これは彼の著書のあとがきから抜粋した一文だ。
 富野は壁際のラックから一本のDVDを取り出し、プレイヤーへと慎重に押し込んだ。に゛っ、という奇妙な感覚を残して呑み込んだのを確認すると、空になったグラスに新しい氷を放りウイスキーを継ぎ足した。
 ここから先はたった独り、自分の為だけの上映会だ。

「今まで観てきた中で一番良かった映画って、何ですか」
 バーで知り合った若い女に職業を明かすと、必ず真っ先に聞かれるのがこの質問だった。
 私あまり映画って観た事なくって、という前置きの付いてくる場合がほとんどだったが、正直な話、この手合いに答える明確な回答を富野は持っていなかった。慣れない強い酒を頼んで咽ているような女にとっては、どうせ自分をよりよく見せる為のファッションの一部でしかないだろう。
 アメリやエターナル・サンシャインを挙げれば素直に観るだろうし、小津安二郎のお茶漬けの味であると言っても白黒の古臭い邦画だと敬遠するに違いない。マッドマックス2、酔拳2の面白さをいかに説いたところで話が続くはずもなく、ましてやガメラ3 邪神覚醒を推せるはずもない。もちろんどれも素晴らしい映画だ。だが結局は、女を映す魔法の鏡になり切るしか方法はない。その程度の話なのだ。
 それに単純に観た回数だけで言えば、先述のどれも及ばない作品が富野にはあった。今、彼の観ている一本がまさしくそれだった。
 どう世辞を言おうにも、とてもではないが名作映画と呼べる出来ではなかった。
 稚拙な演技、粗の目立つ脚本、何の計算もないカット割り、ブレたカメラワーク。上映時間はわずか10分足らず。それをリピート再生にしたまま、富野は酒を呷り続けた。
 何度観直してもつまらない映画だった。だが、学生時代の富野の全てが詰まった作品だった。出演者はサークルや高校時代の見慣れた顔ばかり。自分たちで印刷したDVDのラベルも、今ではすっかり色褪せている。
「自分で作った事もないくせに」
 批評家をしているとよく投げかけられる言葉だ。あの頃の自分も言っていた。俺はそんな風にはならない、絶対監督になるのだと周りに公言して憚らなかった生意気なクソガキの姿を端役に見つけ、富野は苦笑した。
 それが研究の為とバイト先のレンタルビデオ屋で映画を片っ端から借りて観た、あの頃の残滓で生き永らえている。もう連絡を取り合う事もなくなってしまった人間の方が多いが、皆、元気でやっているだろうか。
 その一人であるヒロイン役の先輩の瑞々しい表情を、カメラがレンズフレアとともに捉えた。被写体の魅力を知り計算し尽くした、素晴らしいカットだ。今の富野にも、それだけは素直に思えた。
 金と時間と資源と人生の無駄が、形あるものとしてまだここに残っているという事実。世界中で絶賛されるどんな作品を観ても、この映画を観た後の余韻に届く事はないだろう。
 たとえ全米は泣かなくても。


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