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恋竹真雪さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 知は力なり

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○○○上映館

16/03/27 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 恋竹真雪 閲覧数:657

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ここは、少し変わった映画館。

上映案内は示されず、上映されるまでどのような映画が流されるかわからない。
爽快な冒険譚、涙なしには見れないヒューマンドラマ、背筋の凍る戦慄のホラー、胃のひっくり返りそうなアクション、耳を劈く銃声の戦争映画、心打たれるラブストーリー……

今日は一体どんな物語が上映されるのだろうかと指定席であるD列9番を目指す。
こぢんまりした席数150のここは昭和の趣残るミニシアター。
ついつい買ってしまうポップコーンに手をつけることが出来るかどうかは今日の物語にかかっている。
残念ながら一粒も口に出来ずに上映が終わった事も一度や二度では無い。

席に着くと丁度照明が落とされた。
鑑賞の邪魔にならぬよう、ポップコーンは左のドリンクホルダーに預ける。
映写機の回る音と、スクリーンに映し出される数字。

5、4、3、2、1

スクリーンいっぱいの紺碧の空。あの中に街があると夢描けるほど立派な真っ白な入道雲。
命の証と言わんばかりの蝉たちの大合唱と眼下に広がる瑞々しい緑色の絨毯。
青い香りを抱いた風が吹き抜けてゆく。
もちろんこのシアターには最新の4D技術など無いけれど、夏の香りが鼻腔をくすぐり頬を撫でて流れていく。
知っているという記憶が感じさせる幻想だろう。

草を分けて走る軽い足音が蝉しぐれを割っていく。その足音は絶え間なく、必死で走り抜けているのがわかる。足音に伴って荒くなった呼吸は限界が近い証拠だろう。
背丈の高い草をかき分けるようにしてまるで金魚のような赤い兵児帯が泳いでいく。
その後ろを雷鳴のように野太い吠え声が追う。
少女は牙をむき出して襲い掛かる野犬から死にものぐるいで逃げていた。
疲れた足は思ったように上がらず、草木の根に足を取られる。なんとか転倒は免れていた体勢が大きく傾ぐ。足から離れた草履が夏空を背景に飛んでいくのが絶望に見開かれた両目に映し出された。その目が諦めで閉ざされたその瞬間に少女を覆うように影が落ちる。
ぎゃん、と大きく吠えた野犬が情けない声を上げながら山に向かって逃げ戻る。
脅威が去っていく気配に少女は恐る恐る瞼を持ちあげた。

夏の日差しを照り返して輝く真っ白な半袖シャツ。
日に焼けた腕には棍棒のように木の枝を握りしめていた。
その木の枝を草むらの中に放って少女を振り返る。

「大丈夫か」

差し出された手は大きく骨ばっていて力強かった。
その手を頼りに立ち上がると膝がツキンと痛んだ。下を向くとしたたかに打ち付けた両膝が赤く染まっている。
どくどくと脈打つたびに流れ落ちる血潮を認めた途端、ぼたぼたと大粒の涙が地に落ちた。

「全然大丈夫やないな」

スラックスのポケットから取り出した青いハンカチで汚れることを厭わず血に濡れた両膝を拭って大きな背中を向けてしゃがむ。

「ほら」

おぶされと促す声に、どうしようかと立ちすくむ。

「その足で家まで帰るのはしんどいぞ」

痛む膝と片方だけの草履を一度見下ろしてから輝く白い背中におぶさった。
赤ん坊ほど軽くはない体を背負って易々と草原をを下っていく。
背中のぬくもりに安心したせいでぽろぽろぽろぽろ涙の粒が零れ落ちる。

「どこの子ぉや」
「……たちばなのおひさ」
「立花さんとこの子か」
「知っとるん?」
「ああ」

騒動で鳴りを潜めていた蝉が再び遠慮のない大合唱に戻る。
平穏の戻ったのどかな夏の日の下、二人は集落に向かって行った。

場面がぱらぱらと移り変わっていく。
真新しいセーラー服に身を包んではにかむ姿、刺繍に没頭している姿、自分で作った洋服を学友と見せ合う姿。
そしてどれだけ成長しても、野犬から助けてくれた年上の彼を羨望のまなざしで見つめる姿。
その彼が振り向く。
あの夏の日の青空のように、力強く眩い笑顔で。

大人になった二人が手を取り合う。

白無垢を纏って緊張で震える手で口元に運んだ赤い杯。
耐え難い痛みの末に育んだ新たな命。
家族四人で手をつないで歩く桜並木。
激しい喧嘩をしながらも成長し巣立っていく子供たち。
リビングに増えていく孫たちの写真。

先に旅立ってしまった最愛の夫。

それから十年、一人で歩んだ。



明るくなったシアターで埋まっていたのはたった二席。
「今生はいかがでしたか」

唯一の同席者に声をかけた。

「大変幸せに過ごさせていただきました」

木管の楽器を思わせるような包み込むような落ち着いた声色で告げられる。
迷いのないその声色と言葉でひととなりが伝わってくる。

「では、ご案内致しましょう」

シアターの出口までを先導する。
惑うことない楚々とした足捌きは常日頃着物を身に付けていたことが伺わせる。
この方が向かうのは、あの眩しい笑顔の夫の待つ浄土。

そう、ここは
────走馬灯上映館。


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