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ポテトチップスさん

夜が好きです。夜に仕事をして、太陽が降り注ぐ時間は寝ています。夜は静かで心が落ちつきます。

性別 男性
将来の夢 時空モノガタリ文学賞に5回入賞すること。
座右の銘 七転び八起き

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逃げても逃げても追って来る

16/03/25 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:2件 ポテトチップス 閲覧数:542

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閉館時刻の午後8時を過ぎた。
館内の照明が消され、水族館で飼育されている大小さまざまな魚たちの餌の時間になった。
直樹は館長に呼ばれ、館長室に入った。
「館長、話ってなんでしょうか?」
「おう、ちょっと話があってな」
尾長館長は、腕組みをしたまま直樹に向かいあった。
「他の従業員には黙っててもらいたいんだか、経営が厳しい状況なんだ。それで従業員を5人ほどリストラしようと考えているんだが、主任の君の意見も聞きたくて呼んだんだ」
「私は反対です。みんな一生懸命に働いてくれていますし、それに5人もリストラしたら、残った従業員の仕事の負担が大きくなりすぎます」
「そうか……。何か経営を改善する手はないかな……」尾長館長は天井を仰いでため息を大きく吐いた。
「館長、一つ提案したいことがあります」
「なんだね」
「世界最大の魚であるジンベエザメを展示してみてはいかがでしょうか?」
「ジンベエザメ?」
「実は昨日、柏崎漁協から電話がありまして、定置網にジンベエザメが誤ってかかったらしんです。それで、もしよかったら水族館で展示したらいいんじゃないかと漁協の会長から電話をもらっていたんです」
「しかし、ジンベエザメを展示するとなると、うちの水槽で大丈夫か?」
「大丈夫です。第一水槽なら十分に飼育できます」
尾長館長は、腕組みのまま目を瞑り眉間に皺を寄せながら思案した。
「費用はいくらかかる?」
「漁協の話しでは、港までジンベエザメを船で引っ張ってくる燃料費だけでいいと言ってくれてます。さらに港から水族館までは大型トラックで運搬することになりますが、それらの費用を合計しても、500万円くらいで済むと見積もっています」
尾長館長は手を叩いて「よし、やってみよう」と言った。
「館長、さっそく漁協に連絡して、手配します」
翌日、急きょ水族館は臨時休業になった。
朝の7時、大型クレーン車で船で引っ張ってきたジンベエザメを吊し上げて、急いで海水を貯めた大型トラックの荷台に乗せた。
トラックに乗せられた8メートル程のジンベエザメは、漁港から車で20分程走った水族館に向かい、水族館に着くとまたも大型クレーン車で吊し上げられて、一番大きな水槽である第一水槽に入れられると、館長をはじめ従業員全員が拍手をおくった。
「尾長館長、やりましたね」直樹が言った。
「これで客が増えれば願ったりかなったりなんだがな。明日が楽しみだ」
その日の午後、15人いる従業員全員で、自分達で作成したチラシを、一軒一軒のポストにポスティングをしてこの日を終わらせた。
翌日は朝から雲一つない晴天の空が広がっていた。
直樹が水族館に出勤すると、水族館の入場口の前には20人ほどの客が並んで開館を待っていた。
この日、ジンベエザメを一目見ようと来館した客は、水族館がオープンして以来、最高の来館者数を達成した。
客がいなくなり照明が消された館内で、ジンベエザメが優雅に泳ぐ水槽を眺めている直樹の肩を、尾長館長が小さく叩いた。
「ジンベエザメを展示したのは正解だったよ」
「そうですね」
「これで赤字続きの経営状況も改善してくれればいいんだがな」
「県内でジンベエザメを展示している水族館はうちだけですから、きっとお客さんは大勢来ると思いますよ」
県内で唯一、ジンベエザメを展示しているこの水族館には、連日のように客が押し寄せた。
地元のテレビ局が取材に訪れたり、新聞にも何度も載った。
ジンベエザメを展示してから半年が経過した初冬の北風が強い日、直樹はいつものように水族館に出勤し、従業員出入り口横の自販機で缶コーヒーを買おうと小銭を入れていると「月山ヒロトさんですよね」と後ろから声をかけられた。
直樹は全身が硬直し、顔が小刻みに震えた。
ゆっくりと顔を後ろに向けると、首にデジタル一眼レフカメラを吊るしている、まだ若い男が「文芸秋冬ですが、取材よろしいですか?」と言った。
震えの止まらない直樹の背中からは、冷たい汗が流れた。
「刑務所を出所したと聞いて、ずいぶん探しましたよ。いやー会えてよかった。今はこの水族館で働いているそうですね」
「帰ってくれよ。もうほっておいてくれよ」
「被害者のご家族には、お会いしましたか?」
「もう罪は償ったんだから」
「罪はそう簡単には償えきれませんよ。あなたは当時14歳の時に、広島連続児童殺傷事件を起こし、世間を恐怖に陥れた。あなたの犯した罪は、そう簡単には消えません」
「それで俺に何の用なんですか?」
「取材ですよ。来週発売の雑誌に載せるためのね」
「俺は今日でこの水族館を辞めます。だからこの水族館のことを書くのは止めてくれ。ジンベエザメの展示でやっと経営の危機から脱却したところなんだ」
直樹は、今にも泣きそうな顔で空を見上げた。今にも雨が降りそうな分厚い雲が空を覆っていた。


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このストーリーに関するコメント

16/04/15 にぽっくめいきんぐ

拝読しました。
リアル感が出ていて良かったです。
多分、書かれちゃうでしょうね。色々考えさせられました。

16/04/15 ポテトチップス

にぽっくめいきんぐ様へ

ご感想、ありがとうございます。
直樹(主人公)が、今後どのような人生を歩んでいくのか、また機会があれば続きを書いてみたいです。

ご感想、ありがとうございました。

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