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クナリさん

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便所飯アクアミュージアム

16/03/18 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:1524

時空モノガタリからの選評

教室での居場所を持たない「逃亡者」の絶望感が皮膚感覚を通して痛いくらいに伝わってきました。「便所飯」という定義づけに対する鋭敏さも、当事者として真っ当だと思いますし、非常にリアリティを感じます。
「魚」は得体の知れない「異様なもの」でありながら、同時に「暗く、鼻をつままれるような場所」に生きる同志のようであり、過酷な環境下でも生き続ける「僕」の、意識せざる生命力や強さの片鱗のようでもあります。彼らを発見したことに、読んでいてどこか救われる思いがしました。

時空モノガタリK

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 便所飯、という言葉を初めて聞いた時は、衝撃的だった。
 言葉の響きや意味ではない。僕が小学生の時の塾の夏期講習で編み出し、高校一年生になった今でも実施している行為に、既に社会的に名前が付けられているということがショックだったのだ。
 てっきり、この行為は僕だけのオリジナルだと思っていた。誰も真似などできるはずがないと確信していた。それが、実は意外とありふれた行為だったなんて。
 なけなしの矜持をはぎ取られて意気消沈しつつ、その日も僕は、僕専用の食堂である校舎三回の南端のトイレで昼休みに弁当を食べていた。隣で用を足される音も匂いも、全く気にしなかった。
 食事の際には五感を閉じるという特技を身につけている僕は、窯に石炭をくべるがごとく、味のしない弁当をかきこんだ。
 学校は辛いことが多すぎて、精神も感性も機能を制限しなければ、とても生きていくことは不可能だった。
 ものを食べている時に人生のことを考えると吐いてしまうので、いつしか食事中は第六感も停止する癖がついた。
 学校の便器は古めの洋式で、水を溜めるタンクが壁際に取り付けられている。食事を終えると僕は、ふと、タンクの中の構造が気になった。
 そういえば、この陶製の蓋を開けたことがない。
 好奇心から、両手で蓋を持ち上げて中を覗いてみる。
 タンクの中には、まあタンクなので、水洗用の水が蓄えられていた。しかし、僕は異様なものをその中に見つけて、危うく悲鳴を上げかけた。
 タンクの水の中を、魚が泳いでいる。
 正確な種類はわからないが、確かヤマメとかイワナとかいう、川魚だったと思う。
 見た感じ成魚のようだったけど、そのサイズはやたら小さく、グッピーくらいだった。
 なんでこんな所にこんなものが。誰かが飼っているのだろうか。
 僕は個室を出て、隣の便器のタンクの中を見てみた。なんとこちらは、鮫やエイが入っている。海水魚じゃないのかこいつら。そしてやはり、魚体は米粒数個分の大きさしかない。
 僕は放課後まで待ち、人気が失せた頃に学校中のトイレのタンクを開けてみた。ブリ。サンマ。鮎。エビにクラゲ。全てのタンクに、大まかに種類分けされたミニサイズの水棲生物が泳いでいた。
 幸か不幸か、僕にはこの事態を分かち合えるような友達が一人もいなかった。
 結果的に、この驚くべきニュースは僕一人の抱える秘密となった。

 彼らはどこからやってきて何を食べているのか、全くの不明だった。
 魚達は不満げな素振りもなく、ただゆらゆらと静かに泳いでいる。
 広くて快適なはずの本来の居場所からこんな所に閉じこめられて、なぜこんなに平気でいられるのだろう。
 弁当の米粒をやると、どの魚もおいしそうに食べた。
 鮫やシャチは、ミートボールのかけらに小躍りした。
 何だか、自分が食べるよりも良いことをした気持ちになった。

 ある日、便所飯を終えて教室へ戻ると、僕の机と椅子が廊下に出されていた。教室の中では、男子も女子もクスクス笑いながらこちらをチラ見している。
 シンプルだが効果的なこの行為は、そういえばやられたのは小学校以来だった。
 それが呼び水となったのか、これまでにあった辛いことや、これから起こるであろう苦しいことが、土石流のように胸に去来した。
 暴力的な吐き気がこみ上げ、僕はトイレに引き返した。
 個室の洋式便器にすがりつき、確かシャチが住んでいたと思しきタンクの下で、僕は吐いた。味のしなかったはずの食べ物は、胃液の味に染まっていた。母さんは、僕に胃液味の弁当を作ってくれた訳じゃないのに。
 もしかしたら、この魚達も同じなのかもしれない。
 群の中で生きていくべく生まれながら、集団で暮らすのに失敗したはぐれ者達。
 なるべく見つかりにくく、暗く、鼻をつままれるような場所に落ち込んできた、逃亡者。
 ここから更に落ちたら、どこへ行くんだろう。決まってる。ここはトイレだ。レバーを押して、もっと暗くて汚くて臭い所へ。
 それでも、この世界よりはきっとましだ。
 僕は便器の水に顔を突っ込んで、手探りでレバーを押した。
 激流が耳の脇を通り、轟音を立てて下方に吸い込まれて行く。
 けれど、水勢が落ち着いても、僕の体は変わらずそこにあった。
 当たり前だ。僕はタンクの中にも入れないし、便器に流されることもできない。
 畜生。
「おい、ゲロ吐くなよ。汚ねえだろ」
 背後から、更に追い打ちをかけに来たのだろう、クラスのリーダー格の男子の声がした。
 僕が便器から顔を上げる前に、頭上のタンクからガタンと音が響いた。
 そして振り返ってみると、水浸しのトイレは無人だった。
 僕は、タンクを開けてみた。
 水の中に、口元を真っ赤に染めたシャチと、同じくらい小さい上に五体がバラバラになった、男子の体が漂っていた。


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このストーリーに関するコメント

16/04/26 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

便所飯を食べる彼しか知ることのないアクアミュージアム。
ほのぼのとしていたそれが、弱肉強食、こちら側の世界を喰らうラストは圧巻でした。
理屈が書かれていない分、色々想像を掻き立てられました。

16/04/28 クナリ

冬垣ひなたさん>
孤独だからこそ見える、他の人には見えないものっていうのが、けっこう好きなんですよね。
そしてその世界こそがその人の個性を生み、時にはその人自身を助けてくれるといいな、と思います。
もともと様々な「説明」を省く癖があるんですが、今回は特に野暮だと思って展開だけを記述しました。
いえ、合理的に起こったことの解説をしろ、と言われてもできませんけども( ^^;)。
コメント、ありがとうございました!

16/05/01 光石七

“群の中で生きていくべく生まれながら、集団で暮らすのに失敗したはぐれ者達”という言葉にドキリとしました。
余計な説明が書かれていない分、ラストが際立っていると思います。おそらく、タンクの中のミニサイズの魚たちは、主人公が思う以上に主人公の辛さを理解し、共有していたのでしょう。
便所飯を続ける主人公の心情描写がリアルで、畳みかけるように進む展開に圧倒されました。

16/05/03 クナリ

光石七さん>
人間もそうなんですけど、生命体って基本的に自らの種をあとに残し続けていくことを根本的な命題にしていると思うんですけど、じゃあその群れから零れ落ちる(零れ落ちさせる)という性質はなぜ存在してしまうのか、不思議なんですよね。
これは全然いい話ではないんですが、起こった出来事から何かを感じるであろう主人公の心持がしのばれるように仕上がっていれば嬉しいです。

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