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白井クジラさん

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ぼくらの海

16/03/16 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:0件 白井クジラ 閲覧数:593

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 灰色の海の向こうに真っ赤な夕日が沈んでいく。いつも通りの見慣れた風景。それを横目にぼくらは下校する。
 彼は僕をちらりと見ると、黙って海のほうへ下りていき、そのまま堤防に腰かけた。ぼくもそれにならい、隣に座った。波の音がいっそう近くなる。両足を海の上に放り出すと、灰色の水底に吸い込まれてしまうような気がして少しぞっとした。
 彼はよどんだ水面を見つめたまま口を開いた。
「俺さ、この前の土曜に、水族館に行ったんだ」
 正式名称は海洋生物保護管理研究所。水族館っていうのは父さんや母さんがぼくらくらいの歳の頃にあった施設の名前で、大きい水槽で海の生き物をたくさん飼育してる様子が似てるからみんなそう呼んでる。本来の水族館とは違ってれっきとした国営の研究施設だけど、土日祝日は誰でも見学できるようにされている。
昔の水族館は日本中のあちこちにあったみたいだけど、今では特別大きいのが二、三あるだけ。どれもぼくらの町からは遠くて、ぼくは生まれてから十五年間、一度も行ったことがない。
「いいなあ! どんなだった? 学校で習ったのと同じ?」
「うん。サメの歯は鋭いし、イワシの大群はうずを巻いて泳いでた。あと、水がすっごく透き通ってた」
ぼくらにとっての海は、目の前に広がってる灰色に濁った水。温度も感触も味も知らない。
小学生の頃に理科の授業で見たビデオの海は数十年前のものだろうか。真っ青で、太陽を反射してきらきら光ってた。海の水はしょっぱいんだって、先生が教えてくれた。今の海水は間違っても飲んではいけない、とも。
「あの水がここ一面に広がってたら、きれいだろうなって思った。ほら、この前見せてくれた、お前のばーちゃんのお宝のポストカードみたいな。あんな景色も本当にあったんだろうなって」
ポストカードはばーちゃんがまだ若かった頃のもので、亡くなったじーちゃんと一緒にオキナワへ旅行したときのお土産だ。白い砂と青い海と青い空。嘘みたいに穏やかできれいだった。
 ぼくも、いつか水族館に行ってみたいと思う。彼がとてもうらやましかった。
しかし、憧れの水族館へ行ったはずの彼の顔は心なしか曇っていた。どうしてだろう。本物の海の生き物を見てきたはずなのに。
「水族館、あんまり楽しくなかったの?」
「ううん。楽しかった。図鑑で見た生き物が目の前で泳いでんだもん。すっごく感動した。……でもさ、なんか、ちがくて」
夕日は水平線からわずかに頭をのぞかせるだけになり、隣にいる彼の顔すらはっきりとは見えないくらい辺りは暗くなっていた。
「ゼイタクかもしれないけどさ、やっぱ、野生を見てみたいなって。飼育員からエサもらったり、個体ごとにタグがついてたりするの見たら、なんか、ちょっと残念でさ」
彼の小さな笑い声につられて、ぼくも笑った。
 どうしてあれだけの水がこんなにも汚れきってしまったんだろう。先生に聞いても、工業廃水だとかアッサリした当たり障りのない返事しかもらえない。歴史の教科書だってそこには触れない。彼は、いつかのオトナたちの大失態を晒したくないだけだろうってあきれたように言ってた。
「俺、海の研究をする。大人になって、よぼよぼになっても、昔みたいな海を取り戻すよ。そんで、死ぬまでに一回はイルカと並んで泳ぐんだ」
「……すごい。いいね、それ」
彼はぼくを見てニッと笑った。暗闇に白い歯だけがよく見える。
 広さも深さもわからないこの海を、何年かけて汚染を溜めたのかもわからないこの水を、彼は自分の力で取り戻すと言い切った。ぼくは漠然と、彼なら本当にやってのけてしまいそうな気がした。そんな彼の姿が、なんだかとても、かっこよかったんだ。
「ぼくも行くよ、水族館。そんで、がっかりしてくる」
がっかりして、君と同じ高さから海を見る。同じ夢を見る。
「おう。そしたらさ、一緒に考えよう。昔のきれいな海のこと」
「ううん。ぼくらが考えるのはぼくらの海。どうせなら、あのポストカードよりも、ビデオよりも、きれいな海にしようよ」
そういうと、彼は少し驚いた顔をした。
「お前もすごいこというなあ」
「ちょっとつられて、大口たたいたかも」
ふたりで笑いながら堤防を飛び降り、もとの道のほうへ上っていった。
 たたいた大口は、ぼくらの大きな目標になった。
 その晩、眠りに落ちるまで“ぼくらの海“のことを考えていた。そのせいか、ぼくは海の夢を見た。
 ぼくは彼と一緒にいつもの堤防に腰かけて、なんてことない会話をしている。
 ただ、その水は底まで透かしそうなくらい澄み渡り、太陽の光を跳ね返してきらきらと光り続けていた。


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