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カエルが降ってきそうな夜

16/03/14 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:738

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 ある冬、変な男とシェアハウスで同棲することになった。
 そのシェアハウスは古いプレハブの一軒家で、リビング(物置きになっているが)、キッチン(これも物置き)、トイレと風呂(過去5年以上掃除されていないことは僕が保証する)、そして寝室が三部屋ある。各寝室には2、3人がシェアしていた。その西側の一室に僕はその変な男と同棲することになったのだ。
 彼は僕と同い年の29歳。外見は日本人と変わらないが、実は中華系のマレーシア人だそうだ。肩まで髪を伸ばしていて、いつも焦げ茶色のニット帽を深々とかぶっているので、彼を見てマレーシア人と見抜ける人は、ここ日本では少ないだろう。因みに、このニット帽はメガネと共に就寝の直前に取られ、メガネと共に起床の直後にはめ込まれる。なので、僕も彼の顔面を直視したことはずーとなかった。
 歩いて3分のところにある大学に留学生として通っている。卒業目前で講義がないにも関わらず、毎日欠かさず大学に行っている。その理由はのちほど述べることにする。
 食事はいつも、立って行われる。難しい洋書も立って読む。宗教や政治の議論を僕とするときも立ってする。いつも下を向いている彼だが、議論の時間だけは、血走った目で僕の目を突き刺してくる。何度も座るよう勧めたが、どうも座ると落ち着かないらしい。いつでも逃げられるようにしているように見える。一体何から逃げるのか、一体何に追われているのか、彼と過ごした3カ月間で見つけることはついにできなかった。
 トイレは原則、小は庭、大は大学で済ますことになっている(だから大学に毎日行っているのだ)。
 変な男でなのである。
「実は僕、45歳なんだ。」
彼と同棲を始めて3カ月が過ぎようとしていたある夜、部屋で一緒に安ワインを飲んでいた時、彼が突然言った。彼が初めて僕の晩酌に付き合った、とても寒い夜のことである。敬虔なクリスチャンの彼が語る信仰の原理と勧誘の熱がいつも以上に帯びていた。おそらくアルコールのせいであったのであろう。相変わらず立ったまま、ワインの入ったマグカップを上下に揺らし、旧約聖書に出てくるカエルが降ってくる話を熱心にしていた。たまに「ふふふ」と笑う。そして、ほんの一口「ずっ」と啜る。<カエル時々ふふふ一時ずっ>である。僕は胡坐をかいてプカプカとタバコをふかしながら、カエルの話に耳を傾けていた。気分は悪くなかった。カエルが実際降ってくるところを真剣に想像したりしてみた。こういうクレージーな奴が僕の周りにいる限り、僕は大丈夫だ。そんな発見をしたことで楽しい気分になったのかもしれない。
 とにかく、カエルの話の流れの中でいきなり懺悔してきたのだ。相変わらず「ふふふ」と口元がにやけている。
あまりにも唐突だったので僕は動揺した。カエルが降ってきたような気がしたので、あわてて窓を見たが、そこには、うつむいてマグカップの中身を見つめる彼が映っていた。
「ウソだ。おまえ酔っぱらってんだろ。」
僕は沈黙を嫌いテキトーな言葉を返した。
「ふふふ。本当だよ。」
彼は、擦り切れたジーンズの後ろポケットから擦り切れたパスポートを取り出し、僕に差し出した。いつもポケットに入れているのか(寝ている時も)、それとも“この時”のために忍ばせていたのか不明である。僕は入国審査官みたいにパスポートを開き、顔写真と本人を見比べた。そこには短髪の青年が映っていた。目線は未来の方を向いているようにも見える。今目の前にいる不審人物の目線とは大違いだ。次に生年月日を確認した。僕より16年早くこの世に誕生している。ということは・・・、今は45!?
「なんでかわからないけど年齢をサバ読んでしまうんだ。僕はダメなやつなんだ。昔からダメなやつだったんだ。ふふふ。」
彼は僕からパスポートを取り上げると、ジーンズのポケットにもどした。そして、何も言わずベッドに横たわった。僕に背中を向けているので、起きているのか寝ているのかわからない。ニット帽とメガネは装着されたままである。彼の靴下のかかとの部分に穴が開いているのが見えた。何か優しい言葉をかけてあげたかったが、適切な言葉が何も浮かんでこなかった。
 僕はタバコに火をつけた。安ワインを飲みすぎてしまったせいか、タバコが苦く感じる。が、かまわず吸い続けた。
 外では何かが降っていた。カエルかと思って窓を開け確かめると、雪だった。寒かったが、しばらく窓から顔を出して雪を眺めていた。新聞配達のカブの音が時を告げてくる。
 後ろで、突然彼が起き上がったのが分かった。ふりかえると、ニット帽を取った彼が僕のことを見つめていた。なんだか初対面の人と会うような気分になった。たしかに45歳である。
「冬は終わった。春が来る。バリカンを貸してくれ。」
 彼の新しい目は未来の方を向いていた。


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