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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

性別 女性
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彼と共に棲んだもの

16/03/14 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:13件 光石七 閲覧数:1135

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 普段温和で優しい主任の険しい表情。僕のミスのせいで、顧客の自宅で二時間も怒号を浴びる羽目になったのだ。最後は先方もこちらの謝罪を受け入れ笑顔を見せて下さったが……。
「直帰の許可が出た。晩飯食って帰るか」
顧客宅を出て部長に電話報告した後そう言ったきり、主任は黙って僕の前を歩く。バスの中でも無言。駅前の定食屋に入ってビールと定食を頼んだものの、主任はしかめっ面で宙を睨んでいる。この状態のまま電車や新幹線も一緒なのは気が重い。僕は再度頭を下げた。
「本当にすみませんでした。僕が注文を聞き間違えたばかりに……」
「君は赤べこか? 昨日からペコペコしっ放しだな」
温かい声に顔を上げると、主任は穏やかに微笑んでいた。
「楠様にもお許し頂けた。今後気を付ければいい」
「ですが」
「反省は大事だが、気にしすぎるのも困るな」
店員がビールを持ってきた。
「飲んで食べて、元気出せ」
いつもの主任だ。ほどなく定食も運ばれてきた。
「……厳しいお顔だったので、僕に怒っておられるのかと」
「そんなに怖い顔してたか、俺? まあ、クレーム対応は楽しくはないからな」
箸を動かしながら主任は苦笑した。
「やはり僕のせいでは」
「そうじゃない。その……ちょっと後味の悪い思い出がある場所だったんだ」
主任は語り始めた。

 ――二十年も前の話だ。俺は大学卒業後、この地方で健康食品の訪問販売員をやってた。俺に営業のノウハウを一から教えてくれたのが岸さんという六つ上の男性で、仕事以外のことも相談に乗ってくれたり、俺を可愛がってくれた。岸さんは今日伺った楠様のお宅の隣のアパートに住んでたんだ。あのアパートが今も残ってるとは驚いたよ。
 ある日、いつも陽気な岸さんが暗い顔で社に戻って来た。顧客の若い女性が自殺したという。マンションに一人住まいの女性で、ガスが充満する部屋で倒れているのを岸さんが発見したそうだ。訪問営業は何度も足を運んで信頼関係を築いたり、アフターケアに努めるのも大事だからな。岸さんもその女性をしばしば訪ねては話をしてたらしい。女性は数回前の訪問の頃から恋人の心変わりで情緒不安定気味だったそうで、こんなことになる前に何かできたんじゃないかと、岸さんはひどく気に病んでいた。女性の葬儀は実家のほうで行われたらしいが、岸さんは毎日現場のマンション近くで手を合わせてた。俺が遊びや飲みに誘っても「そんな気になれない」と断るし、かなり落ち込んでた。
 事件から十日ほど経った休み明け、久しぶりの岸さんの明るい笑顔に俺は安堵した。ちょうど相談したいこともあったし――いや、女の口説き方さ。当時モノにしたい子がいてな。「岸さん、今夜飲みませんか?」と誘ってみた。そしたら「悪いが、アパートで舞が待ってるから」と断られた。……舞って誰だ? 岸さんは一人暮らしで兄弟は男だけだし、今付き合ってる女はいなかったはず。俺は素直に疑問をぶつけた。すると岸さんは「俺の彼女。昨日から一緒に暮らしてる」と。驚きつつも不思議に思った。顧客の自殺にショックを受けてた岸さんが急に彼女を作り、同棲まで? だが、せっかく元気になった岸さんを問い詰めるのも気が引けて、「近いうち紹介してください」とだけ言った。
 三日後、岸さんが無断欠勤した。その次の日もだ。俺は心配になって岸さんのアパートを訪ねた。表札が『岸・押井』と書き変えられてた。ドアを叩いたけど岸さんは出てこず、ドア越しに話すだけだった。岸さんの声は妙に覇気が無く、会話もどこか噛み合わない。「舞のためにここにいなきゃ」と繰り返したり……。話した内容はもう詳細には覚えてないが、俺が何かの拍子で自殺した顧客のことを言った時の「何のことだ?」という返答は覚えてる。帰る時、窓の隙間から髪の長い女性の後ろ姿がチラッと見えた。同棲相手だと思った。
 翌日から俺は三泊四日の研修で、一応上司に岸さんの様子を報告しておいたんだが……。研修から戻った俺は、岸さんの死を知らされた。部屋で一人衰弱死。女性がいた痕跡はなかったという。
 葬儀の後、岸さんが残した顧客リストを整理してたら、『押井舞』という顧客がいた。二十代、岸さんが言ってた彼女と同姓同名だ。住所のマンションを訪問してみると、空き部屋だった。マンションの住人に聞くと、その女性は自殺したと……。

「その後お袋が倒れたのを機に俺は地元に戻り、今に至るんだが……。まさかもう一度あそこに行くことになるとは思わなかった」
主任はため息を吐いた。
「本当に岸さんは自殺した押井舞と同棲してたのか? 今でも謎だよ」
「怖い話ですね……。実は僕、彼女との同棲を考えてるんですけど……」
なんだか気持ちが萎えてきた。
「幽霊じゃないんだろ? まあ、生きてる女も怖いけどな」
主任が曖昧に笑う。――確かに。僕も曖昧に頷いた。


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このストーリーに関するコメント

16/03/14 霜月秋介

光石七様、拝読しました。

ホラーチックなお話。背筋がヒヤリとしました。幽霊と同棲は怖い感じがしますが、心が通じあってれば幸せなのでしょう。もっとも呪い殺されるのはごめんですが(笑)

16/03/16 冬垣ひなた

光石七さん、拝読しました。

実際にホラー系の雑誌に載っていそうなお話ですね。岸さんに一体何が……。
第三者視点で書かれていて全てが明らかになったわけでないのが、より恐怖を増します。
生きてる女も怖い、確かにそうかもしれませんね。面白かったです。

16/03/19 光石七

>霜月 秋介さん
コメントありがとうございます。
背筋がヒヤリとされたとのこと、ホッとしました。怖さを感じていただけるか、不安だったので。
何も悪さをしない、明るく優しい幽霊なら、一緒に暮らすのも楽しい……かも? そんな幽霊がいるのか、わかりませんが(苦笑)
呪い殺されるのは絶対嫌ですね。
楽しんでいただければうれしいです。

>小狐丸さん
コメントありがとうございます。
怖がっていただけたようで、安心しました。ビビリのくせに何故ホラー系の話になったのか、自分でも不思議です(苦笑)
岸が陥った状況と結末は、“彼女”の寂しさと情念が関係していると思っていただければ。
女性に関して主任に何があったのかは、ご想像にお任せします(笑)
楽しんでいただけたなら、幸いです。

>冬垣ひなたさん
コメントありがとうございます。
特に計算したわけではなく、なんとなく主任の思い出語りという形にしたのですが、結果的に事件(?)に釈然としないものが残り、恐怖感が増す効果があったとは、うれしい誤算です。
ラストは詰めが甘かったようにも思いますが、「女は怖い」というのは(特に男性にとって)一つの真理ではないかと。
面白かったとのお言葉、うれしく思います。

16/03/19 ラズ

読ませていただきました。
ちゃんとした怪談で怖くてよかったです。
私自身があまりこうしっかりとした怪談を書くのが得意ではないので余計にそう感じました。
たしかに生きている女性も怖いですが、そもそも他人と一緒に暮らすこと自体がしんどい(もちろん楽しいこともありますが)と感じてしまう自分にとっては、もしかしたらこの世のものでない方が楽だったりするのかなぁ・・・とかも考えてしまいました。
まあその、もちろんそれで被害に遭うのはいやですし、選べる立場であるなら幽霊は絶対お断りなのですが。

16/03/21 泡沫恋歌

光石七 様、拝読しました。

主任が窓の隙間から見た、髪の長い女性の後ろ姿が気になります。
衰弱死した岸さんに、いったいなにがあったのか。
ひょっとして幽霊と同棲中? 牡丹灯籠みたいですね。

こういうホラーチックな話が大好き、楽しく読ませていただきました。


16/03/21 光石七

>ラズさん
コメントありがとうございます。
“ちゃんとした怪談で怖くてよかった”、“しっかりした怪談”、もったいないお褒めの言葉、恐縮です。
生きている人でも幽霊でも、他人と一緒に暮らすのは、煩わしかったり、ストレスがたまったり、恐ろしい目に遭ったり、大変だと感じる部分があるでしょうね。
私も幽霊との同居は遠慮したいです(苦笑)

>泡沫恋歌さん
コメントありがとうございます。
計算して曖昧に書いたというより単なる書き込み不足ですが(苦笑)、主任が垣間見た女性は何者だったのか、岸の身に何が起きたのか、想像して怖がっていただければうれしいです。
私はビビリなので、ホラー系の話は読むのに勇気がいります。何故今回書いたのか、自分で不思議がっています(苦笑)

16/03/28 あずみの白馬

三石七様、はじめまして、拝読させていただきました。

岸さんは幸せだったのかなって思いました。
幽霊になってしまった舞さんと過ごすうち、ずっと一緒にいたいと思って死を選んだのか、それとも舞さんに取り殺されてしまったのか……、その結論は闇の中ですね。
主任の最後のセリフ「生きてる女も怖いけどな」が、読後感をより怖いものにしていたと思います。
素敵な話をありがとうございました。

16/03/28 光石七

>あずみの白馬さん
コメントありがとうございます。
岸が自ら……という意識は無かったのですが、なるほど、そう解釈することも可能ですね。書き込みが不十分でお恥ずかしい限りです。
ラストは悩んだわりに詰めが甘かったと思っていますが、感じ取ってくださり感謝です。
楽しんでいただけたなら、うれしいです。

16/03/31 滝沢朱音

わっ、幽霊との同棲でしたか((((;゚Д゚))))
押井舞、もしかして「おしまい」の意味かな?とか、ゾゾゾゾっとしながら読みました。
もしかして、僕が一緒に棲もうとしている彼女も?…〜〜(m´□`)m

16/04/02 光石七

>滝沢朱音さん
コメントありがとうございます。
彼女のネーミングはご推察の通りです。本当は彼女も岸も違う名前だったのですが(キャラクターのイメージや性格をアナグラムにしたもの)、字数を削るために一文字性や一文字名に変えるという姑息な手段を使い(苦笑)、彼女のほうだけ新たに意味が通る(?)名前を思いついたという……
主人公の彼女も実は……というオチも考えたのですが、雰囲気が変わりすぎる気がしてやめました。主人公の彼女は普通の(?)女性のつもりで書いたものの、曖昧な終わり方になってしまい、申し訳ないです。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

16/04/26 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

岸さんは舞さんにとり込まれてしまったのでしょうか。
どうか成仏してくださいねとお祈りしいたします。

16/04/29 光石七

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
そう受け取っていただければうれしいです。
岸も舞も成仏できたのか、まだこの世を彷徨っているのか…… 自分で書いたくせに、考えて怖くなってきました(苦笑)

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