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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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江戸外れの怪談 「畳の眼」

16/03/06 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:11件 クナリ 閲覧数:2016

時空モノガタリからの選評

“畳”だと思っているものは本当はそうではないかもしれないのかもしれませんね。畳の概念が揺らぐような怪談ですね。執念が乗り移ったかのようにうごめく畳が、薄気味悪いです。こうした読み手の固定観念が揺り動かされるような体験も、物語の面白さの一つではないかと思いますし、そして仄かにエロスやフェチ的、生理的な雰囲気も感じられるところも、怪談としての恐怖を増す一因となっていると思います。

時空モノガタリK

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 江戸の外れに、木賃宿を改装した一軒の家があった。
 家の主は名前を乙次郎といい、四十路に近く、身寄りはない。
 乙次郎は商才の多少ある商人だったが、その顔はあばたづらでいかにも醜く、ついぞ女に好かれたことがなかった。
「俺なんぞに惚れる女はおらん、一生独り者よ。寂しくなんぞないし、一人で生きる覚悟も出来ている」
と自らうそぶいて笑っていた。
 乙次郎は、近くの集落の甚八という子供と仲が良かった。乙次郎の家の中は荒れていたものの、その荒れ具合が子供の遊び場にはちょうどよかった。

 甚八、十歳の秋のことである。
 ある午後、いつものように乙次郎の家に遊びに行くと、戸の中から
「甚八、もう遊びに来てはいかん」
と言われた。
 呼んでも叫んでも、この日の乙次郎は出ても来ない。
 根負けした甚八は一旦家から離れたが、どうも納得行かずに帰る振りをして近くの茂みに潜んだ。
 やがて辺りが暗くなり、もう帰らねばと甚八が身を起しかけた時、乙次郎の家の戸が開いた。
 中からは、乙次郎ではなく、女ものの着物を着た人間が一人出て来た。
 まさか、女がいるとは。甚八は腰を抜かした。

 それから、甚八は両親の眼を盗んで、何度も乙次郎の家の近くに潜んで様子を見てみた。
 女は、乙次郎の家から決まった時刻に出入りしているわけではないようだった。何日も姿を見ない日もある。
 荷車にムシロを巻いた商売道具を積んだ乙次郎が家の戸をくぐる時間は朝夕ともほぼ決まっていたが、女は時折家から出ては行くものの、家に入る姿をついぞ見せない。
 甚八の見ていない時間に戻って来ているのだろうが、時刻から考えてみると、女は一日の大半を乙次郎の家の中で過ごしているはずだった。
 乙次郎が妻を娶ったのだろうか、と甚八は考えた。しかし、彼が祝言を挙げた話は聞かない。ならばこれは、嫁を迎えたのではなく、同棲をしているのだ。
 そういえば、町では若い女の失踪が増えたと聞いている。こうした駆け落ちのようなことが流行っているのかもしれない。
 甚八は、とにかく、 嫁の顔を拝んでみたかった。
 ある日乙次郎が出かけた隙に、甚八は家の中へ忍び込んだ。生憎女も留守だったようで、家の中は静まり返っていた。
 ち、と舌打ちした甚八は、家の畳を見て驚いた。ムシロか畳か分からないほどに荒れていたはずのそれが、青々として立派な、目の詰まった見事な畳に化けている。
 女を迎えると、あの朴念仁もこれくらいの気は利かせるのかと、変に感心して甚八は家に帰った。

 その夜、甚八は家を抜け出して乙次郎の家へまた向かった。あの男がそれほどまでに入れ込む女の顔を、どうしても見てみたかった。
 いつものように茂みへ隠れていると、女が暗闇の中で家を出て行った。
 甚八は、しめたと思い後をつけた。女は森の方へ歩いて行く。半刻もすると森の中へ入り込み、いよいよ月明かりも乏しくなった。
 やおら、女が道端で服を脱ぎ捨てた。甚八は、あっと声を上げそうになる。
 女の中身は、乙次郎その人だった。
 思いがけないことに腰の引けた甚八は、すぐにその場を逃げ出した。
 乙次郎の家まで来ると、家の脇に荷車が置いてあった。妙に胸騒ぎがして、甚八は家の中を覗いてみた。
 甚八は、こんどこそギャッと悲鳴を上げた。
 家の中では、青白い月光の下で、例の畳に女の死体が裸で横たえられていた。
 さっきの着物の持ち主だろうか。どうやってここへ来たのかと考えて、そうか、あのムシロをかけた荷車で運び込んでいたのだと甚八は合点する。
 町の女の失踪事件は、乙次郎によるものだったのか。その服を捨てに、彼は森へ通っていたのだ。
 そして、女の死体よりも遥かに異様なのは、畳だった。
 まるで蛇腹がうねるが如く、畳の目のひとつひとつが生き物のようにのたうちながら、女の体の下でうごめいている。
 やがて、少しずつ開いた無数の畳の目が、鈴なりの口のように女の肌に食らいついた。
 柔い肉が、みるみる食いちぎられて行く。
 ぶちぶちと細かく、しかし数多の口にかじり取られて、女の体は瞬く間に小さくなって行き、やがて跡形もなく消えた。
 後には、月の光を受けて青々と照る畳が残るのみである。静まったそれは、ごく普通の畳にしか見えなかった。
 ふと気づくと、すっかり足をすくませてしゃくり上げる甚八のすぐ後ろに、乙次郎が立っていた。
「――どうだ。可愛いものだろう。何しろこいつは、俺と――俺の――……」
 その目からは正気が失せている。
 甚八はまたも悲鳴を上げると、必死で逃げ帰った。
 父母を叩き起こし、自分の見たものを伝えても、まるで信じてもらえなかった。

 次の日、あまりに怯える甚八のために、父が乙次郎を訪ねた。
 しかし家の中からは、あの畳も、乙次郎も忽然と消えていた。


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このストーリーに関するコメント

16/03/06 クナリ

自分で書いてて、畳に寝転ぶのが嫌になりました。

16/03/12 あずみの白馬

とにかく不気味で怖かったと言う印象でした。
乙次郎は完全に人としての心を失っていますね。彼にとっての「畳」はそれほど魅力的だったのか、それとも……!?
私も畳が怖くなりました。

16/03/13 石蕗亮

拝読致しました。
畳の怪とは思いもよらず楽しいものでした。
付喪神系ですかね?畳全身で食すあたりリアルで良かったです。

16/03/14 霜月秋介

クナリ様、拝読しました。

人食い畳ですか。ほんと、これ読んだら畳の上に呑気に横たわれないですよ。明日ホームセンターからカーペットでも買ってきて畳の上に敷きたいですよ(笑)

16/03/15 クナリ

志水孝敏さん>
歴史物のホラーでは、「気色悪さ」がより出しやすいように思いますので、上手くいっていれば嬉しいですッ。
畳って普通に見ればまあ別に普通の畳なのですが(日本語下手か)、表現のしようによって(特に絵などでは)不気味なモンスターに変身してくれる、嫌なアイテムだと(←超褒め言葉)思います。
なんか、あの畳の目の一つ一つがパクパクしだしたら凄く気持ち悪いなーという思いつきから生まれた妖怪ですが、楽しんでいただければ幸いです。

あずみの白馬さん>
ホラーが好きなので、このような気色悪いことを思いつくと意気揚々と書いてしまいますッ(←難あり)。
ホラーって一大市場をなしているようで以外にニッチなカテゴリのような気がするのですが、評価して下さる方々のお陰で報われます。
コメント、ありがとうございました!

16/03/15 クナリ

石蕗亮さん>
そういえば壁は塗り壁がいるけど床の妖怪ってあんまりみかけないなあ…と、昔から思ってたんですよね。
日本の妖怪感がうまく出ていれば嬉しいです。
自分の書く妖怪ものは退治師さんとかが出てこないので全然カタルシスがありませんが、「気づけばそこにある存在」としての妖怪を書いていきたいです。

霜月秋介さん>
クナリとか言う人の書くホラーは、怖いというより気色悪いものが多いと思います(^^;)。
自分の中のホラー観で、いつも見慣れている身近なものが得たいの知れないものに化けてしまうと言うことの恐ろしさ、ってけっこう大きいんですよね。

16/03/22 光石七

どうしよう、我が家は廊下・縁側や水回り以外は和室だというのに(苦笑)
乙次郎が畳を妖怪化(?)させたのか、妖怪化した畳が乙次郎を狂わせたのか……
見事なホラーでした!

16/03/28 クナリ

光石七さん>
和室党には気分の悪い話ですね(^^;)。
身近なものの変化(へんげ)の話が好きなので、ヤな話がどうしても増えます……ッ。

16/03/29 梨香

江戸の何処かの長屋には、今でも乙次郎があの畳と同棲しているのでしょうか? いえ、既に乙次郎も……そして、次の相手と同棲しているのでは?
なんて、考えるとゾッとしますね。

16/04/01 クナリ

梨香さん>
ああッ、いい感じにイヤな感じで(日本語メタメタ)話が広がっていきますねそれは……!
クナリのホラーは怪異がほったらかしになることが多いので(^^;)、今もどこかで……という不気味さが出せていれば嬉しいです。

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