田中 丸才さん

 初心者です。  下手なりに、日常の些細な事柄をテーマに、人間臭い、ヒューマン作品を目指してみます。

性別 男性
将来の夢 ・陽当たりの良い丘に家を建てる
座右の銘 ・一日一善 ・一日一行

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騒音

16/03/05 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:2件 田中 丸才 閲覧数:620

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「二人ならお茶がおいしい」アイは笑いを作ってマッグカップのほうじ茶を啜った。「そうだね」煙草に火をつけ、手を差し出し、いつものように金を受けとる。僕は器質的に依存している。

同棲して半月、閉じられたままのダンボールが3つに減り、カーテンが花柄に変わった。彼女の世界と存在感が少し、狭い部屋に侵食した。アイは僕に何を求めるだろうか。

適当な相づちをのあと、ジャケットを羽織り、スニーカーを履いた。彼女がついてこられない素早い動作で出口へ向かう。慌てて見送る視線を背中で感じながら、静かに閉じた。外は程よい冷気に陽が差している。頭まで吸い込んで想う『自由』。

階段を飛び下り、バイクに跨がる。キーを捻り、無限に繋がる道を駆ける。どこに行こうと、不合理なことをしようと構わない、責任を伴わない時間。後ろめたさは風とともに流れた。滞留していない室外は、彩りのある夢想を掻き立てることが出来る。

寂しげな国道も太くなるにつれ次第に人波となり、緑から灰へ、青から雑色へ変貌する。表情は、つまらなさそうに、忙しそうに、悩ましげに、涼しげに。時間をもて余す優越。集団の流れを逆送し、只の独りだと錯覚することが出来る。ガスを満たしてどこまで行けるか。喉も潤すと、まだまだ遠くを目指せる。途中で尽きてもいいとさえ思える。陽にあたりながら、同じ道は通りたくない。

踏み切りで、警告音と通過音でアイを思い出す。規則性と意義のある騒音。真っ直ぐで普遍的。邪険で面倒で騒々しいが、反論は出来ずに取り込まれる世界。留まらないと、寄生しないと息の続かない自分。枝葉で遊んで、土に足をつけることは出来ない。アイ様の手のひらの上を伝い歩くアリ。さあ、窓際の蜜を吸いに帰ろう。ダンボールの隣で添い寝して差し上げよう。ガスはたっぷり残っているのに、お腹の虫が泣いていて、身体は冷たい。

大衆と同じ道を似たような速度でゆるりと走る。帰りの風はぬるくて眠気すら誘う。このまま走ることは多くの人を傷つけず誉められ、喜ばれる道。ルールを守って、愚痴は小声で、ゆっくりでも振り返らずに進む道。別に悪くもない道。思っていたより早く辿り着くと灯りが見えた。大多数が望むかそうでなくともたどり着く結論。煙を急いで吸い込み、唾を垂れた。星が顔を出して、照らされているけど、もっと暗くなって欲しかった。

ドアを開けると湿気と出汁香りが絡まって蠢いていて、その奥からアイの慣れたような声が届いた。「お帰り」唸るように返事をし、振り返られたので笑った。暖かい部屋で温かい声色、湯気の立ち上がる汁気。ダンボールが二つ平たく立て掛けられ、少量の残骸が積み上げられている。「少しだけ片付けたの」水気か、汗か、身体が水気を含み鬱陶しい。唸り声が低くなる。

果たして同じ空間に棲むには、どのくらいの距離感が、これからどんな軋轢が、そしてこの目的は何か。分かっているのは、差し出された好意と、腹が減ったって事実。そして、このまま寝て、明日も近い将来もここに一緒にいるってこと。ただ、思考することが単純化し、日々が作業的になっていく。安っぽいテーブルに腰かけて、箸をつけた。僕を見ている視線に気付いてアイに言った。「旨いよ」空いた胃のなかに放り込んだら、ふっと気が弛んだ。お互い微笑んだ。

水はまだ濁っていないような気がする。アイがかき回しているからだ。回遊している僕はいつまで生きられるだろう。ベランダに出て煙草を燻らせると、暗くていいのに星が恩着せがましく明々とこちらを照らす。もっと暗くていいのに。

部屋に戻るとアイがどこかぎこちなく微笑んだ。黙って唸ると、笑ったから何回も、聞き分けの悪い室内犬のように唸ってやった。新しいカーテンをしめた。甘い匂いがして気分が悪くなった。それくらいは仕方がない。そろそろ、仕事も探そうと思う。照らされているのも気恥ずかしい。これくらいは仕方がない。方法がないし、仕方がない。人と暮らすなんて、こんなものか。自分が薄くなって何かが重なっていく。今は悪い気分ばかりでもない。そんなことを口走ったら、また騒音が続いた。騒がしく鬱陶しい、湿り気のある温かい音。


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このストーリーに関するコメント

16/03/22 光石七

拝読しました。
依存しなければ生きていけないから、という理由での同棲、主人公が内心感じている煩わしさや鬱陶しさが淡々とした語り口から伝わってきました。
でも、主人公は温かさも感じていて…… そこらへんの感情のバランスもリアリティがありますね。
描写が丁寧で、空気管が魅力的で、惹きつけられるお話でした。

16/03/23 田中 丸才

光石七さん
拙作を読んでいただいてありがとうございます。
根無し草男の呟きを描いてみました。情けない男だからこそ、いろいろな事を悩むと思うのです^^;
リアリティを感じて下さって嬉しく思います。

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