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四島トイさん

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この目がそう言っていた

16/03/01 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:629

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 男の肩にしな垂れかかる女の色眼鏡の弦がチラリと光るのが目の端に映った。
 ホールの明りを反射してセルロイドのように照る頬。大きく開いた胸元に、青白さすら感じさせる肌。露出した背筋。
 女の艶やかな唇が男の耳元に寄せられる。掠れた声。
「赤の十九よ」
 男の視線が回転するホイールからわずかに外れる。
「本当だな」
「ええ。わたし、目がいいの」
「その目が言ってるわけだ」
「そうよ。この目がそう言ってるんだもの」
 男がにやにやと笑う。数枚のチップが放り投げられるようにテーブルの上に散る。
 No More Bet.そう私が声をかけ、次第にボールの勢いが弱まっていく。ボールが跳ねる。入るべきポケットに吸い寄せられるように。カラン、という軽い音がした。
「……赤の十九です」
 男が快哉を叫び、女を強引に引き寄せて口づけをする。さすが俺の女だと見苦しいほどに叫ぶ。配当のチップを鷲掴む男に女が軟体動物のように力無くじゃれ付く。わたしを愛してる、と絡み付くように小さく問いかける。当たり前だろ、と男が応じる。
 私はその会話を断ち切るようにベルを鳴らす。
 ホイールをいつもより強い力で回転させた。


「妙だな」
 副支配人は口の中で呟いた。カジノホール全体が見下ろせる彼の居室は、猛禽類の鳥瞰を思わせる。
「負けた以上に勝ちすぎている」
 仕込んでいると思うか、と続く声には迫力があった。
「イカサマ、ですか」
「ああ。ルーレットは正直だ。ホイールの回転速度。ボールのスタート位置。ピンの跳ね癖。演算すれば行き先のポケットまで御案内ってわけだ。まさにカジノの女王だな」
 見ろ、と言って彼はレポート用紙の束を放り投げた。様々な機器の写真が並んでいる。それらの開発に向けられた情熱のどれもが、ギャンブルの行く末を操作するためのものだと思うと充実のラインナップに頭がくらくらした。
 まさに欲望のカタログだな、と副支配人が自嘲気味に笑った。
「だがカジノの機械化はもう止まらん。俺達だけじゃない。客もだ」
「はい」
「あのカップルはビギナーズラックの後はグズグズ。それでお家へ帰ればいいが、そうしなかった。頭が働いてない。胡散臭さばかり増す。何度か医者を呼んでいる」
「医者、ですか」
「非合法のな」
 あの二人が初めて私のテーブルの前に立った日を思い出す。ボールの行方をただ追っていた瞳を。
「明日の夜がどうなるか、だな」
 誰にともなく呟いた彼の声が部屋の中空に散った。


「黒の八です」
 男はまたしても両腕を振り上げた。隣で女がぐったりとテーブルに寄りかかっている。
 男が小刻みに笑い、唾を撒き散らして、いやあすまないねえディーラーさん、などと言って身を乗り出す。
「明日にはこの町出るんだが、いや、今夜の俺はとことんツいてるらしい」
「……それは何よりです」
 それよりも、と隣の女に視線を送る。お連れ様の御気分が優れないようですが、と。
「ああ、気にしないで。さ、次のゲーム。次のゲーム。有り金全部で勝負するからさあ」
 私は男を見るのをやめてホイールを回転させた。ボールを慎重に反対向きに投じる。
 おい、次はどうする、という男の声がした。女を揺さぶっている。色眼鏡の向こうでぼんやりとテーブルを眺めているのがわかった。
 ふっと顔を上げると男に向き直って、わたしを愛してる、と問うた。唐突な問いに私が顔を上げると、男が苛々しながら、愛してる愛してる、と連呼しているところだった。
 女の視線が止まり、口が動いた。赤の十九と。
 男がチップの山をテーブル上で移動させた。
 No More Bet.そう声をかける。
 男が涎でも垂らしそうなほど呼吸を荒くする。
 ボールが跳ねる。入るべきポケットに吸い寄せられるように。カラン、という軽い音がした。
「……黒の十三です」
 へ、という空気の抜けるような声がした。スタッフがテーブル上のチップを回収すると、何も残らなかった。
 不意に男が叫び声を上げた。それが叫びだとわからないような、人の声とは思えない声だった。バネ仕掛けのように女を拳で殴りつけた。色眼鏡が弾け飛んだ。
 裏切りやがってとか、誰がお前なんか愛するか化物とかそういう言葉であったのだと思うが、それはもう言葉になっていなかった。
 知ってる、という女の静かな声を私だけが聞いていた。
 立ち上がった女の瞳が私を見据えた。
 不自然に膨らんだ右の眼球。その中に揺らぐ機械的な駆動。カメラレンズの焦点調整機構にも似た動き。高性能の演算装置。人体に埋め込まれるべきではない欲望の化身。昨日、副支配人に見せられたカタログのとおりだった。
 女が笑った。殴られた箇所から血ともオイルとも区別の付かない赤黒い液体が滲み出た。
「だって、この目がそう言ってたんだもの」


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このストーリーに関するコメント

16/03/13 四島トイ

>篠川晶様
 読んでくださった上にコメントまでありがとうございます!
 折角、目に留めていただけたというのに、設定の練りこみも推敲も不十分で本当にお恥ずかしい限りです…
 次の機会があれば、少しでも読み応えのある作品となるよう努力いたします。今回は本当にありがとうございました。

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