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滝沢朱音さん

♦️第2回ショートショート大賞・優秀賞 http://shortshortawards.com/results-2017/ ♦️『時空モノガタリ文学賞作品集#零』(書き下ろし含む3作掲載) https://www.amazon.co.jp/gp/product/4908952000/ ♦️時空モノガタリ入賞作「このP−スペックを、唯、きみに。」幻冬舎パピルス掲載 http://www.g-papyrus.jp/backnumber59.html ♦️Twitter @akanestor ♦️作品添付画像:『写真素材 足成』

性別 女性
将来の夢 作家として在りたい
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その灰が轍(わだち)に降り積もるまで

16/02/29 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:8件 滝沢朱音 閲覧数:1333

時空モノガタリからの選評

 「やがて来るだろう、鉄階段の倒壊と道連れになるのは誰なのか」……。非常に完成度が高い作品だと正直驚きました。一つの要素でも欠けたなら、全てが崩れてしまいかねないような緊張感と緻密さが素晴らしいと思います。
「階段」「塩」「幽霊」「錆」「酸化鉄」といった小説を構成する要素全てに必然性があり、セリフや直接的な心情表現による説明は最小限でありながら、それらが複合的に絡み合うことで、主人公の複雑な心情がうまく言い表されているのが素晴らしいですね。例えば「幽霊が出るんです」という端的な表現。この短いセリフによって彼女とそれとの関係、劣悪な家庭環境、抱える孤独までもが説明されているのが巧いと思います。また錆びつき放置された「階段」は、傷を負った主人公の姿と重なり、そしてそれが消防士たちの救助を前に「崩れ落ち」てしまい、「中空に浮いた通路」となるのは、現時点では黒沢以外、他の誰も彼女を助けることができないことを示しているように感じられました。
 全体を通して主人公の大人びた挑戦的な態度、そしてその陰に隠された孤独や寂しさといった、相反する感情が一人の人間の内に存在することがとても上手く表現されていると思います。展開が劇的ということだけではなく、作品の密度の濃さからくるスリリングさに非常に魅了されました。

時空モノガタリK

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 幽霊が去ったあとには、塩をうんと濃く溶かした水を作ることにした。それを鉄階段の錆びた部分にかける。お清めにもなるし、塩分は錆を進行させるらしいから一石二鳥。ロシアン・ルーレットだ。

「鉄は、錆びたほうがむしろ安定する。そのままだと極めて不安定な物質なんだ」
 黒沢はそう言いながら、黒板に『酸化鉄』と書く。あたしは最前列の席に座りながらノートも取らず上の空で、右手は頬杖をつき、包帯を巻いた左手は傷を庇って内側を上に向けている。
 鉄の話で血の味を連想する。中途半端な直線からぷくりと膨れ上がる赤い玉を、舌を出して啜り上げるときの――
「南、あとで職員室にこい」
 黒縁眼鏡を指で上げながら黒沢は言った。目の奥がさすがに怒ってる。
 お言葉ですけど先生、鉄って錆びたら安定するどころか、朽ちてゆくだけじゃないですか。うちのアパートの鉄の外階段は、土台が赤く腐食してて揺れる。ケチな大家はまだ平気だと言い張るけど。
 人も錆びたほうが安定するっていうなら、あたしは思い切り錆びてやる。錆びて錆びきって、この躰ごと一刻も早く朽ち果ててしまえばいい。

「僕の授業の何が気に入らないんだ?」
 熱心な新人教師の中にほの見える持て余し感。あたしは首を横に振る。
「じゃあ、家で何かあったのか?」
 黒沢はどうして構おうとするのだろう。あたしの手首や腕には轍のような痕が無数にあることを彼は知っている。まっとうな人生を送ってきた若い彼には手に負えない生徒だと、十四のあたしでさえわかるのに。
 いずれ見放すのなら、最初からそっとしておいてくれたらいいのに。残酷なことに人は、自分に構う人を無視できない。だからこそあたしは黒沢を許せない。先生もルーレットの弾に入れてあげることにする。あたしは声をひそめた。
「……うちのアパートに、幽霊が出るんです」
「幽霊?」
「今、二階に住んでるのはうちだけなんですけど、夜に階段を上ってくるの。母は夜いないし、一人で怖くてたまらないんです。だから最近眠れなくて」
 黒沢は口ごもっている。にじみ出る面倒さは自業自得だろう。元はといえば、あんたがあたしを気にかけ、構ったからだ。
――先生には、あたしの中に踏み込む勇気があるの?
 やがて来るだろう、鉄階段の倒壊と道連れになるのは誰なのか。母か、幽霊か、それとも黒沢か。あたしのために墜ちてゆく誰かのイメージを思い描く。

 偶然家が近いこともあり、黒沢は学校帰りに毎晩うちに寄るようになった。幽霊と違い控えめな靴音が鉄階段を揺らすのを感じるとき、あたしの心は凪いだ。彼は決して開けた扉の内側に入ることはせず、何事もないか確かめたあと帰っていく。でも残念ながら彼は、幽霊とは遭遇しなかった。

 そんな他愛もないギャンブルは、突然終わった。未明に目が覚めると部屋が火の海だったのだ。泥酔した幽霊の煙草の火が安いカーテンに燃え移ったらしく、炎はもう手がつけられなかった。
 近づくサイレンの中、あたしは意識のない幽霊を最後にちらりと確かめると、台所の窓から這い出して通路に出た。無理やり飲まされたアルコールが足を竦ませる。集まり始めた野次馬の中に、なぜか黒沢の姿を見た。
「南!」
 彼はあの鉄階段を駆け上がってきた。咄嗟に制止しようと思ったが煙で声がでない。やがて黒沢はあたしを抱き上げた。
「大丈夫か」
 頷くのと同時に、台所の窓から火が吹き出した。駆けつけた消防士たちが救助のために上ってこようとしたそのとき、ついに鉄階段の根元は限界を越え、轟音とともに崩れ落ちた。中空に浮いた通路で、黒沢はあたしを抱え茫然としている。とんだ大当たりだ。
 火はアパートの二階全体を包む。彼の乱れた呼吸が一瞬止まり、あたしを抱く腕に力が入ったことを感じた。
 ふわりと空に浮いたあと、黒沢の躰を通して受ける激しい衝撃。ぐはあっという呻き声を漏らして崩れ落ちながらも、彼は衝撃を逃しながらあたしを地面に転がした。仰向けになった彼の上に、二階から火の粉が降ってくる。あたしはその上に覆いかぶさった。
「先生となら……死んでもいいかと思ったのに」
「……勘弁してくれ」
――このままあたしたちの上に、灰が降り積もればいい。
 足をかかえ激痛に悶絶する彼は、ただの未熟な教師で。彼を庇うあたしの腕には、無数の轍が走っていて。彼は絶対にあたしの全てを抱えきれるわけはないとわかってて。それでもあたしはそのとき、もう少しだけ生きてゆける気がした。

 朝方戻った母親は、幽霊が焼け死んだと知り号泣したらしい。たぶん、あたしが死ぬときよりも強く。矮小なくせに女に見境のない男のどこが恋しいというのだろう。あたしは母親を母親と呼ぶことをようやく諦め、黒沢への想いに浸ることにした。
 あたしは勝者だ。この想いを初戀だと錯覚できる、今このときだけは。


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このストーリーに関するコメント

16/03/02 霜月秋介

滝沢朱音様、拝読しました。
人は自分に構う人間を無視できない…。たしかにそうですね。
いつ崩れてもおかしくないほど老朽化した階段のロシアンルーレット。それを運悪く引き当てたのはまさかの消防団でしたが、「幽霊」のタバコの不始末が無ければそうならなかったし、南が老朽化を進行させなければそうならなかったかもしれない。階段が崩れたのは運命のイタズラなのか、なるべくしてなったものなのか、疑問ですね。

16/03/05 冬垣ひなた

滝沢朱音さん、拝読しました。

鉄階段のロシアンルーレット。少女の視点で展開する話は深刻ですが、
そこに黒沢が加わって行く過程も自然で良かったです。
生きる事自体、こういったギャンブルの連続かもしれませんね。
轍の消えることはなくとも、少女は生きるに見合う何かを手に入れたのだと思います。

16/03/07 光石七

拝読しました。
主人公のシニカルな態度と背景がとてもリアルで、彼女が抱えている傷でできたナイフがこちらに迫ってくるような感覚の中読み進めました。
黒沢先生、完璧ではないし主人公の全てを受け止めてくれるわけではないけれど、それでも主人公にとっては救いであり希望となったのでしょう。
蓋をした悲しみや孤独、諦め、強がり、挑発、危うさ、奥底の願望…… 一人の少女の姿が見事に描かれていると思います。
読みながら心に刺さったナイフはなかなか抜けそうにありません。
読み応えもインパクトも十二分、すごいお話だと思います。

16/03/13 石蕗亮

拝読致しました。
この年頃ならではの感覚と想い。
初戀という締め方。
うまいな、と唸りながら読ませていただきました。

16/03/15 そらの珊瑚

滝沢朱音さん、拝読しました。

読み進めていくにしたがって「幽霊」と呼んでいるものが愚かな人間であり、
主人公の「轍」の大きな原因なのだろうなあと、
はっきりと書かれていなくとも読者に想像させるところ、うまいなあと思いました。
火事の時の情景がありありと浮かんできてどきどきしました。
強がっているようにみえても、あやうい少女の心の叫びが伝わってくるようで切ない作品ですが、最後にとても救われるような思いがしました。


16/03/16 つつい つつ

今ことときだけは。っと思ってしまう主人公に強さと哀しさを感じました。
この主人公は幸せになれるかどうかわからないけど、ひとりでちゃんと生きていくんじゃないかと思いました。

16/03/27 滝沢朱音

>霜月さん
コメントありがとうございます!
まず題名が先に決まったのですが、書いているうちに思わぬ内容になり、
自分でもびっくりした掌編でした。
意味があるかどうかもわからない、ほんと不確かなギャンブルですよね。
それでも、その賭けが主人公の心を支え続けていたのかなと。

>冬垣さん
読んでくださってありがとうございます!
「生きること自体、ギャンブルの連続」って、深い言葉ですね!
先に決まったタイトルに触発され、書きたいままに書いてみました。
この先、主人公がどう生きたのかを考えると切なくなります。
でも、その刹那の記憶がその後の生を支えることもあるのかなと。

>小狐丸さん
お読みいただきありがとうございます!
黒縁メガネの黒沢先生は、これを書いた当時に見ていた某恋愛ドラマに
触発されたわけではない…というわけではない…のですが(笑)
若さと経験不足の中、体当たりでこの役をつとめてくれたみたいです。
主人公のその後を考えると、楽観的ではいられなくて切ないです。

>光石さん
コメントいただきありがとうございます!
「蓋をした悲しみや孤独…」って、わー、そんな風に表してもらってうれしいです!
書いているときは主人公の中に入り込んでしまい、作者としてコントロール不能で、
どうしてこんな行動なんだろうって戸惑いながら書き上げた掌編でした。
光石さんのコメントで、すごく腑に落ちました。ありがとうございますm(_ _)m

>石蕗さん
読んでくださりありがとうございます!
ラストは「初戀」って、古い字で書きたい気分になりました。
14歳からはほど遠い年齢になってしまいましたが、
少しはその中に入り込めて表現できていたらうれしいです。

>そらのさん
コメントありがとうございます!
どうして彼女はそれを「幽霊」と評したのか、そのときは自分でもわからなくて、
読み返してみた今、「お化け」でも「妖怪」でもダメだったんだなと…
今回タイトルを先に決めたのですが、その主人公が勝手に動き出してしまった感じです。
タイトル先行だと、自分の引き出しの中にない物語になるのかもしれませんね。
とても不思議な感覚でした。

>つついさん
お読みいただきありがとうございます!
たしかに、主人公がその後幸せになれるかは…うーん、ですね。
でもおっしゃるとおり、きっと強く生きてくれるのではと。
どちらかというと、先生のその後のほうが心配になります^^;

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