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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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やめてくれ

16/02/29 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:1件 高橋螢参郎 閲覧数:541

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 俺は縛り付けられたように、この箱の中から一歩も動けなかった。
 視界は固定され、ここから日がな一日ずっと正面だけを見させられていた。箱男、という小説を知っているだろうか。あれの全く動かないやつを想像してもらえば解り易い。
 もちろん、俺は本家と違って好き好んで箱を被っているわけじゃない。詳しくは俺自身も判らないが、ペナルティとして放り込まれたと考えるのが妥当だろう。……もし地獄という場所が実在するとしたら、それはもう、ここ以外には考えられないからだ。
 目の前には背もたれのない簡単な椅子が備え付けられている。また一人、俺の前の席に誰か座った。化粧を分厚く塗ったくってブランド物の鞄を下げた、見るからにふてぶてしそうなババアだ。
 だがババアは俺の事には気付かない。俺と椅子との間は薄いアクリル板の境界線で隔たれているが、こいつがマジックミラーのようにこちらからしか反対側を見られない仕組みになっているらしかった。
 お前は覗かれている、なんてババアに言っても、誰も絶対に信じないだろう。そもそも俺がどれだけ声を上げても向こうには届かなかった。
 ババアは俺の方を見てニコニコと嬉しそうな顔をしている。誰だって最初はそうだ。果たしてこいつは何時間保つだろうか。
 大方の予想通り、ババアの表情は時間が経つにつれ見る見るうちに険しくなっていった。ちりちりと尻を焦がすような焦燥感が、顔に刻まれた皺のうねりとともに生々しく伝わってくる。いい歳になるまでお前は何を学んできたんだと、俺はそんなババアの様子を見て独り歯噛みした。
 そのうちに舌打ちが始まり、終いには散々悪態をついて席から去っていった。頼むから、もう二度と来ないでくれ。
 次に座ったのはいかにも、といった感じの鳶服姿の若者だ。外の様子はここからじゃ判らないが、きっと雨で仕事が途中から流れたんだろう。斑に染まった髪は少し濡れて重くなっていた。
 こいつも座った時は上機嫌だったが、果たしてどうなるか。
 成り行きを見守っていると、珍しくなかなか席を離れない。途中何度かマルボロの箱とライターを俺の前に置いて席を立ったりして、何時間もここで粘っていた。
 初めのうちこそ嬉しそうにしていたが、若者は次第に打ち上げられたボラみたいにぽっかりと口を開けて、虚ろな目をし始めた。
 そうしたまま、ただ時間だけが過ぎていく。他に何かする事はなかったのか。俺の問いかけは若者には届かない。
 ……降って湧いた折角の余暇だろう。自分を高めるため勉強をするとか、いや、本を読むだけでもいいし、友達と飯を食いに行ってもいい。恋人はいないのか。……何でもいいんだ。とにかくもうちょっと、マシな時間の使い方をしろ。
 そんな願いも虚しく、結局遅くまで若者はここで座っていた。もし声が聞こえていたとしても、俺にだけはとやかく言われたくはないだろうが。
 夜の帳が落ちて、ここにも束の間の静寂が訪れる。このまま明日なんて来なければいいのにと、俺は希った。

 翌日は朝にも関わらず何人かなだれ込んできて、俺の前にも誰かが座った。昨日のババアよりももっと歳のいった、背の曲がった婆さんだった。
 ……言っちゃ悪いが、その身なりは正直みすぼらしかった。擦れてすっかり薄くなったコートにボサボサの白髪。にやにやと口元を綻ばせると、前歯が何本か抜けていた。
 壊れかけのカバンの口から新しい郵便局の封筒を取り出したのを見て、俺はたまらず叫んだ。
 おい、馬鹿野郎、やめろ。頼む、やめてくれ。
 ここに座るのは決まって最低の、どうしようもないやつらばかりだ。だけどちっとも笑えやしない。こいつらは全員、俺と同じなのだから。
 ここが具体的にどこで、今どういう状況なのかは俺だって……いや、俺自身が一番よく解っていた。ほぼ一日中鳴りっ放しの、耳を劈くような轟音。ここがかつて入り浸ったホール以外のどこであるというのか。
 ……俺はパチンコ依存症の末に有り金を全て溶かして、自ら命を絶った。それで終わるはずだった。しかしそう都合良くは逝かせてくれない、という事なのだろう。死後あろう事か、こうしてパチンコ台に魂を括りつけられてしまったのだ。償う事も目を背ける事すらも許されず、俺は自身の犯して来た過ちに延々と向き合わされた。
 婆さんはムンクの叫びのように顔を歪ませながら、封筒に入った金を一枚、また一枚と勝ち目のない賭けに継ぎ込んでいく。隣の台ではやんちゃそうなガキがアクリル板をぶん殴って店員に連れて行かれているというのに、誰も一顧だにしない。はっきり言って異常だ。これを地獄の窯の底と呼ばずして、何と呼ぶのだ! けれどそうと解るのは、俺がここにいるからだ。
 そして婆さんの震える指が、最後の一枚を掴んだ。
 ……頼む。やめろ。今すぐここから出て行け。
 やめてくれ!


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このストーリーに関するコメント

16/03/07 光石七

拝読しました。
主人公の置かれている状況がはっきり明かされた時、「因果応報」という言葉が浮かび、身震いしました。
以前は気付かなかった、この場所の恐ろしさ、訪れる人間の愚かしさ、異常さ。今さら気付いても遅く、それを人に伝える術も無く……
主人公の悲痛な叫びも、誰かに届くことは無いのでしょう。
心にズシリとくるお話でした。

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