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こうちゃんさん

みなさまこんにちは。私は普段、社員食堂でお皿洗いをしつつ、家では父の介護をしてます。物語よりも落書きの方が性分に合っていますが、お時間があれば観てください。よろしくお願いいたします。

性別 男性
将来の夢 身近な人を幸せにして、静かにいなくなる。
座右の銘 お母さんの「ありがとう」。

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「 アンコロ 」

16/02/25 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:2件 こうちゃん 閲覧数:782

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 正午を告げる晴れやかなチャイムと共に、
同僚に「外で食べてくる」と言って、僕は会
社を出た。春一番に背を押され、地下鉄の階
段を滑り降りると、薄汚れた自動販売機の横
のゴミ箱にネクタイと社員証を捨てた。

 改札まで来ると、出勤時には福助人形の様
な顔つきで出迎えてくれた駅員が、熟練刑事
さながらに僕を睨んだ。気配を消し改札を抜
け電車の最後部に乗り込むと、空席をみつけ
体を沈めた。強烈な眠気に目を瞑ると、昨夜
居酒屋で上司の胸ぐらを掴んだ光景が浮かん
できた。

 勤続十五年。未練はない。独身の僕に恐れ
るものはないと唱え続けた。しかしよく見る
と、夢の中の人物は上司ではなく、数年前に
他界したアンコロだった。シーンは変わり、
子供の頃の僕がアンコロに連れられ馬券場で
オグリキャップの引退レースを見ながら、あ
んころ餅を頬張っている……。

 「終点、新宿ー」の車掌のアナウンスに反
射的に起きた。昼の土曜の新宿駅は人波がい
つ津波になってもおかしくない狂気をはらん
でいた。新宿の磁場に適応出来ずにぼんやり
としていたが、ついさっき見たアンコロの夢
に導かれる様に新宿場外馬券売り場へと向か
った。

 アンコロは僕の伯父に当たる人物で、酒と
ギャンブルが大好きな男だった。酒を飲むと
荒れて、その罪滅ぼしに馬券場で買ってくる
あんころ餅を配る事から、このあだ名がつい
た。数十年ぶりに訪れた馬券売り場はとても
綺麗になっていたが、場内のすえた匂いと散
乱した馬券が、初めてアンコロと馬券場に訪
れた記憶を引き戻した。

 無意識の内に財布から角の切れた札を出し
アンコロの面影を頼りに単勝馬券三千円分を
買った。レースを待っている間、辺りを見回
した。周りの大人は子供の頃に見た不良な大
人とは違い、不健康な大人になった気がした。
レースが始まるとそれまで精気を失っていた
男達の目の奥が鋭く光った。ゴール直前にな
ると、男達は本来の使命を果たすかの様に
「行け!行け!」と叫んだ。子供の頃に触れ
た大人の男の底力を思い出し、少し安堵した。

 レースが終わると、男達は皆一様に背を丸
め、舞台を終えた役者の様に出口へと捌けて
いった。一連のフィクション染みた素人のシ
ョーに呆然としていたが、隣にいたハンチン
グ帽を被った男の「にいちゃん、とったな」
の言葉に我に返った。競馬が当たった喜びよ
りも、さきほど声を掛けてきたハンチングの
男が気になった。懐かしいあの微笑み……。
まさかそんなはずはない。頭で分かっていて
も納得がいかず、遠目にみつけたハンチング
に駆け寄り肩を叩いた。

 僕はハンチングを凝視すると、次の言葉が
みつからず、とにかくこの人を失いたくない
思いから「当たったんで、何かおごります」
と言った。ハンチングは「悪いな、あんちゃ
ん」と人懐っこく微笑んだ。その微笑みは紛
れもなく記憶の片隅に封印してきたアンコロ
の微笑みだった。

 僕らは馬券場の目の前の焼きそば屋に入っ
た。席に着くとアンコロは何も聞かず、生ビ
ール二つを頼んだ。店員がビールを持ってく
ると、アンコロは美味そうに飲み干した。僕
は夢の続きだと分かっていても、アンコロが
生き返った嬉しさから下戸なのに真似をして
飲み干した。

 そんな僕をアンコロはじっとみつめながら
「会社、辞めるの?」と聞いた。僕は「サラ
リーマンは色々あるんですよ」と答えた。す
るとアンコロは「俺には縁のない世界だから
な」と笑った。無理をして飲んだビールも効
いてきて、片隅のラジオから聞こえる数十年
前のオグリキャップの引退レースの歓声も自
然に聞こえた。

「オグリは凄いな、最後は勝つんだもんな。
俺なんかずっと負けっぱなしだったよ」とア
ンコロは呟いた。半透明になったアンコロは、
今にも消えそうだった。僕はその姿をみると
心の奥底にずっとアンコロに言い忘れていた
言葉を叫んだ。「本当は馬鹿にしてました。
ごめんなさい!」アンコロは気持ちよさそう
に微笑み、「一緒に飲んでくれてありがとう。
まだ最終レースは終わってないよ」と言って
消えていった。

 気づくと僕はビールを片手に焼きそば屋で
突っ伏して寝ていた。アンコロがいたはずの
席には、まるで最初から誰もいなかったよう
に馬のヌイグルミが置かれていた。
 訝しげに見つめる店員に代金を支払うと、
「お連れさんの忘れ物」と言って店員が竹皮
に包まれたあんころ餅を渡した。馬券場から
聞こえる最終レースのファンファーレの中、
僕は潤んだ視界で竹紐を懸命にほどき、無我
夢中であんころ餅に食らいついた。



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このストーリーに関するコメント

16/03/16 つつい つつ

あんころ餅ばっかり買ってくる不器用で人の好いギャンブル好きをうまく書けてると思いました。僕も競馬ばっかりしてた時期があるので、このアンコロみたいに甥っ子や姪っ子にダメな人と思われてそうで怖い(笑)

16/03/19 こうちゃん

つつい つつ様、遅くなりましたがコメントありがとうございます。インフルエンザで寝込んでいました。僕は子供の頃に父に連れられてよく場外馬券場に行っていたのですが、その時の経験が元になりました。実際に十数年ぶりに場外馬券場に訪れて観察したのですが、大人になった今では色々な事が色濃く見えて、人生の奥深さを感じました。ギャンブルに依存するのはあまりよくないけど、一度もギャンブルをしないで勝ち続ける人より、一度でもギャンブルをして負けた人の方が、人の痛みがわかる小説を書けるような気がします。ありがとうございました。

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