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四島トイさん

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酔い覚まし

16/02/15 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:590

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 一対一もそうだけど、人がたくさん集まるほどに気が滅入るんです。
 そう言うと、なるほど、と誰かが応じる。
 先ほどまでぎこちなく言葉を交わしていたはずの話し相手達がすうっと目の前から消えていく、そんな経験をどれほどしたことでしょう。消えてしまった彼ら彼女らがわたしに背を向けて丸い輪を作るんです。人垣の向こうの談笑が、楽しげな声が、まるで別世界の出来事のよう。
 そう思うにつけ孤独がわたしを背後から抱きすくめます。緊張に舌が回らない。顔を上げられない。胸が痞える。彼ら彼女らはわたしのつまらない言動に見向きもしない。
 大勢の悦楽が、やはらかな快味が、一人ぼっちのわたしを底のない沼の奥へずぶずぶと押しやっていく。
 何かしがみ付くものが必要なんです。
 有象無象と烏合の衆が犇く大海原で。
 惨めな気持ちを耐えられる何かに。
 そう言うと、なるほど、と誰かが応じる。


「確かに肝臓の頑強さは君にとっての身の守りだ」
「……わたし、そんなことまで喋ったんですか」
 テーブルの向こうで、ステッキを飲み込んだようにピンと伸びた背筋の先で首だけが微動した。朝の陽の中で、真っ白の頭髪が硬質の光を反射していた。
 つい先ほどまで横たわっていたソファの中で身を縮める。ぐわあん、と間延びした鈍痛にも似た重みが未だ脳髄に居座っている。
 軽く瞼を閉じてから、開く。顔を上げられないまま、唾を飲み込んで、口を開く。
「わたし……他に何かしましたか」
「真面目な豊原君にしては随分漠然とした質問だ」
「……茶化さないでください」
「ふむ。そうだなお茶でも淹れよう」
 椅子を引く音がして、足音がフローリングの上をわずかに遠ざかって行く。水音と、蛇口を締めるキュッという甲高い音がしたところで、掻い摘んで言えば、という先生の深い声が聞こえた。
「研究室の飲み会で酩酊した女子大生が駄々をこねたので、担当教師が連れ帰った」
「それって……」
「ちなみに女子大生は教師の家に着いた途端眠りにつき、教師は妻に女子大生を夜半に連れ帰ったことで謂れの無い非難を受けた」
 生真面目な声とガスコンロを点火する音が重なる。
 目を閉じて記憶を巡らせる。
「あの、奥様は」
「図書館へ行った。私は論理だった説明こそが安心を与えると思ったんだが。逆効果になることはままあることだ。感情に訴えかけることも時には必要だ」
「感情って」
「妻の手を取り、目を見て、『君は私の最愛の妻だ』と伝える」
「……先生、酔ってますか」
「酔ったのは豊原君だ」
「奥様はなんて言うでしょう」
「『わかっています』かな」
 先生が何でもないように言うので、むしろこちらが恥ずかしかった。お茶の缶を探して屈む背中に声をかける。
「……どのくらい飲んだんでしょうか、わたし」
「同級生諸君は皆酔い潰れ、院生達が言葉を失って、担当教師が定年前に失職を覚悟するほど」
「ビールをピッチャーで飲んでいたのは覚えてるんです」
「その後の焼酎は」
「覚えてます。麦麦芋米米そば」
「惜しいな。麦麦芋芋米米そば米そばそばだ。それから『嗜む程度』の日本酒と『気分転換』のワイン。ついでのように店のラム酒の在庫を一掃している」
 豊原君は宝島でも目指してるのか、という言葉にはちっとも冗談めいたところが無い。
 顔に熱が昇るのを感じた。微かな映像としての記憶。わたしに張り合って、赤い顔が青くなるほど泥酔し、死屍累々として見るに堪えない同級生の群。豊原ちゃんはすごいな、と口の端を引きつらせつつ遠巻きに見つめる諸先輩方。
 そして最後の最後まで私と向かい合っていた生真面目な顔。その顔に演説ぶった己の醜態。眩暈を覚えるほどだ。
 コンロの上で薬缶がぴいいっと鳴いた。
 かちゃりかちゃりと陶器が触れ合う音が響く。お盆を手に戻ってきた先生に深く頭を下げる。
「……本っ当に、ご迷惑おかけしました」
「これは私の経験談なんだが」
 唐突な言葉に顔を上げると、先生は慣れない手つきでお茶を淹れていた。湯飲みを温めながら先生が言う。
「酩酊した女子大生がね、私に向かって言うんだ。先生、わたしの話を聞いてくれますか。わたしの話は面白いですか。わたし酔わなきゃ何もできないんです、とね。真面目で才能もある彼女がぽろぽろ涙を零しながらね」
 わたしが何も言えないでいると、先生はゆっくりとお茶を注いだ。
「今度は素面の彼女の話を聞いてみたいんだが、どんな話題がいいと思うね」
 差し出されたお茶に小さな波紋ができた。塩辛くなってしまうよ、という先生の声が遠く聞こえた。わたしは湯飲みを手にとって、ゆっくりと温かな気持ちを飲み込んだ。では、と口を開く。
「奥様に何と説明するかお話しませんか」
 そう言うと、先生は初めてゆるやかに笑った。


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このストーリーに関するコメント

16/02/16 クナリ

冒頭を読んで、目の離せない主人公だな、と思いました。
多数の中での騒乱のお酒が開くものと、一対一での静かなお茶とともに開くものの対比が効いていますね。

16/02/17 四島トイ

>クナリ様
 読んでくださっていつも本当にありがとうございます!
 わたしの力量不足で十分な推敲ができておらず、本当なら人様にお見せするのもおこがましいほどの仕上がりになってしまいお恥ずかしい限りです。だからこそ、クナリさんにコメントいただけたことである意味救われました。
 今回も本当にありがとうございました。

16/02/19 四島トイ

>篠川晶様
 お読みいただけて本当に嬉しいです。コメントまでいただけたわたしは幸せ者です。何だかもうわたしには勿体無いお言葉の数々に汗顔のいたりで気のきいたお礼も申し上げられませんが、ありがとうございました!

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