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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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紅茶と彼とマーメイド

16/02/15 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:7件 冬垣ひなた 閲覧数:855

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「負けるな!」
 最後のターンで選手が水中から浮き上がると、天井の高いプールサイドから拍手が大きくこだまする。
 水面を蹴るバタフライの水しぶきがコースに長い尾を残した。
 あともう少し。余力を温存していたなぎさは溜息をつくほどに綺麗なフォームで、両手を大きく羽ばたかせ、ぐいぐいと二位以下と差を広げていく。
「あの子はマーメイドだよ」
 10歳なのにもう水泳選手の卵だったなぎさの事を、このスイミングスクールではそう呼んでいて、将来の活躍を期待されていた。
 誰よりも速く、誰よりも強くあれ。
 男子を抜き去り、表彰台の高い所にいる彼女はいつも輝いてた。
 その下で一成は、面白くなさそうに眺めていた。いつかは勝つと心に誓いつつ。


 けれど、学校で同じクラスの一成は知ってしまった。
 なぎさは週4回水泳をしていて、勿論休みの日だって泳いでて友達と遊んでいる暇なんてない。疲れてぐったりとしているから、学校では一人でぼんやりしている事も多かった。
「何あの子、髪染めてるよね」
 女子は、何かにつけてなぎさに文句をつけていく。
「カッコつけて似合ってるとか、思ってるのかな」
「ムカつくよね」
 なぎさの髪は赤茶に抜けてて、学校の中ではとても目立っていた。
 けれどもそれはプールの水に含まれた塩素で脱色してしまうから。お洒落に染めたものでもなく、髪が傷んでいるのも分かる。
 それはどれだけ頑張っているかという証だったが、結局陸じゃ何の役にも立たないのだ。
「一成はいいよね、髪がなくて目立たないし」
「そんなでもない」
「わたしも男に生まれれば良かったな」
「男だって面倒くさいぜ」
 一成はふんっとなぎさから顔を背けた。
 『あの子ハーフ?』『日本人じゃないよね』、知らない子にまで髪の毛を引っ張られてもなお黙っているなぎさが、一成には腹立たしく思えた。
 言ったって解決しない事なんて分かっている。
 奴らは、水泳をやめるまで言い続けるだろうな。
 嫌ならやめちまえよ。
 そう思った自分が嫌になり、一成はぼそぼそ言った。
「いいじゃん、なんか紅茶色でさ、キラキラして……」
 言葉を止めたのは、なぎさがぼろぼろと泣いていたからだった。
「人魚の国なんかどこにもないんだよ!」
「……面倒くさい」
 一成はなぎさの手を掴んだ。
「来いよ」
「でも……」
「いいから」
 一成に引っ張られ、なぎさは帰り道の通学路から随分はずれた所にまで来た。
 寄り道したら怒られるから、そう思ったとき、住宅街にぽっかりと赤い屋根の童話めいたお店が現れた。


『ティールーム トロイメライ』
 一成が木製のドアを押すと、カランコロンとドアベルが鳴った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
 巻き髪の綺麗なお姉さんが、テーブルを拭く手を止めた。
「ただいま、かあちゃん!」
「嫌だわ、一成。ママって呼んで頂戴」
 そのお姉さん……一成のママは傷ついたような顔で言った。
「あら、なぎさちゃんかしら。一成から話は聞いているわ」
 こんにちは、となぎさは小さく頭を下げた。そんななぎさをママはぎゅうぎゅうと抱き締める。
「可愛い!綺麗な髪」
「かあちゃん紅茶入れて。落ち込んでいるんだ、そいつ」
 ママに勧められるまま、なぎさたちはテーブル席に着いた。レースやリボン、お花で飾られた明るい店内で、お客もたくさん入っている。
「ここ、一成の家?」
「恥かしいからクラスの連中には黙っていろよ」と、一成は唇に指を立てた。
 しばらくしてティーポットを携えママがテーブルにやってきて、透き通る紅い液体が湯気を立てて白磁に満たされると、ふんわりと心温まるいい香りがした。
 その中に、レモンの輪が浮いた。
「一成もいつも飲んでるけど、疲労回復にはレモンティーが一番ね」
 感心したようになぎさは頷く。
 口にすると紅茶の豊かな甘みと程良い酸味と合わさって、なぎさは心の不安も溶けて、喉を過ぎた気がした。
「美味しい……」
 お礼を言っていると、次のお客が来たからまた後でねとママに言われた。忙しいみたいだ。見ていると、一成が声を潜める。
「健康は第一」
 このレモン、無農薬だから全部食べられるぞ、と言った。
「俺は髪を伸ばさない。水の抵抗とかなんとか……それもお前に勝ちたいからだ」
 なぎさはレモンを食べた。
 酸っぱい。でも美味しい。
「でも、一緒に紅茶色の髪ってのもいいか」
 そう言って一成がそっぽを向いたから、なぎさは紅茶の上に涙をこぼした。
「ありがとう」、なぎさの小さい声が返って来た。


 翌日スイミングスクールで会ったなぎさは、何事もなかったように泳いでいて、一成は嬉しくて声をかけた。
「頑張れよ、マーメイド。今日こそ勝負だ!」
 一成らしい言葉に、なぎさは表彰台の上よりも大きく笑った。


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このストーリーに関するコメント

16/02/16 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・左の写真は「写真AC」よりお借りしました。

16/02/16 クナリ

そういえば、疲労回復には、ビタミンB1を消費してしまう糖分よりもクエン酸の方が良いと聞いたことがありました…などとは関係なく(^^;)。
楽しいはずのものが嫌になったり、逆に嫌いだったものが何かのきっかけで気にならなくなったり気に入ったり。
人間模様というのはなかなか大変ですよね。
その中で、主人公の人格がヒロインを助ける様子が心地よかったです。

16/02/16 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。
マーメイド、陸の上ではいろいろ大変なのですね。
珈琲専門店はマスターがやっているイメージがありますが
ティールームは一成くんのおかあさんみたいなマダムがやっていそう。
マーメイドをライバル視しつつも、助けて応援せずにはいられない淡い思いのようなものも感じられて、とっても微笑ましかったです。

16/02/18 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

一生懸命に水泳やってて、そのせいで髪が茶色く脱色したとしても・・・
それを誰もが知らないということが、なぎささんの孤独ですね。
彼女を励ます、一成はとてもいい子です。
一杯の紅茶に癒されましたね。

16/02/23 冬垣ひなた

クナリさん、コメントありがとうございます。

柑橘類は食べれば元気が出ますね。食品から補いたいとは思いますが、最近はサプリメントに頼りがちで反省してます。
この話は水泳やってた自身の体験を元にしておりまして、思い返して色々あったなと( ..)φ今回小説として書き起こしてみました。
登場人物はかなり試行錯誤したので、心地よかったと言っていただけて良かったです。


そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

水泳って、遊びでも学校の授業でも見せ場ないし地味なんですよね。
ティールームで食べるスコーンには、最近ハマっております。マダム率確かに高いですね。
何か人と違う生き方をするという時、寄り添ってくれるものがあると心強いはず。恋愛未満の友情というのは、この年頃の特権だと思うのです。書くのは気恥ずかしいのですが(*・・*)


泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

幼稚園から小学校卒業くらいまで水泳やってたのですが、成績が常時貼り出されるような厳しい所だったので、お友達とか出来にくかったです。
こうやって形にして昇華すると、何となくあの頃の苦労も報われた気がします。なぎさと一成には幸せになって欲しいですね。

16/02/25 光石七

拝読しました。
そういえば、初めて飲んだ紅茶は子供会の集まりで出されたレモンティーだったなあ……なんてことを思い出しました。
なぎさをライバルとみなしながらも彼女を元気づける一成、素敵な男の子ですね。
数年後には男女の身体能力の差が出てくるでしょうし(二人は小学生だと解釈しました)、ライバルとして競える限られた期間、お互い切磋琢磨してほしいですね。もちろんその後も友情もしくはそれ以上の関係を育むのもアリですが。
面白かったです!

16/03/03 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

レモンティーはミルクティーより大人の飲み物のような感じがしています。
そういう所からアプローチしていけば良かったかもと今になって色々思うのです。
私は恋愛物が苦手なので、逆にたくさん書くよう努力していますが、
今回は心の動きを丁寧に書くというのが目標で、ラストに含みのある作品になったのが嬉しかったです。

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