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ケイジロウさん

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チャイ屋さん

16/02/15 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:1件 ケイジロウ 閲覧数:909

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 こうなるのであれば、さっきの売店でコーラをたらふく飲んでおくべきだった。
 ジリジリと肌を焦がしてくる灼熱の太陽、車が通るたび舞う砂埃、黒い排気ガス、牛・山羊・象・人間の糞、そしてカレーの匂いがごちゃ混ぜとなり、僕の頭をポワァーとさせる。僕はインドの農村地帯を自転車で走っている。国道をのんびりと横断する象、あまり尊敬されているようには見えない聖なる牛、へんてこりんな音楽を鳴らしながら走るオンボロバス、こんなインドならではの事象にいちいち感激できる状況ではない。喉がカラカラなのだ。先ほど小さな集落で売店を見つけたが、明らかに冷蔵庫がなさそうだったので通過してしまった。もうその集落から2時間以上走ってきたので、今更引き返せない。
 やれやれ。僕は非常用にとっておいたミネラルウォーターの封を切り、少し口に含ませ、しばらく口の中で水分を楽しんだ。本当はゴクゴク飲みたいところだが、次の売店がどこにあるかわからないので、節約しなくてはならない。最悪、この1.5リットルボトル一本で夜を過ごさなければならない。
 見渡す限り畑が続いている。暑いからか、農家が働いている様子はない。半ば義務的にタバコに火をつけてみた。
 ガソリンスタンドないかな。そこでキンキンに冷えた2リットルボトルのコーラを一気飲みしてやる。それこそ“キャップなんか開けた瞬間に捨てちゃうゼ〜”。あぁ、ひとり言増えてきたな、最近。どれくらい人と話ししてないだろう。停まると余計暑い、進むしかないな。
 僕はほとんど吸っていないタバコを、日本から持ってきた携帯灰皿に吸殻をしまい込むと、重いペダルをこぎ始めた。
 先ほど摂取した水分は、2ペダル目くらいで汗となり空気中に消えていった。
 しばらく進むと、掘っ建て小屋が道路の反対側に見えた。木と番線と看板(どこから拾ってきたんだ?)でできた小屋だが、ちゃんと日影を提供するという最大のミッションははたしている。風通しも最高に良さそうだ。そこに人が一人座っていた。僕は、濁った水を覚悟の下で道路を横断した。近づくと、どうやら座っていた人はおばあちゃんであることが分かった。そして、更に近づくと、そのおばあちゃんはチャイを作っていることが分かった。ただ、これは喫茶店なのか、地元農家の休憩場所なのかの判断はつかないでいた。
「コンニチハ」
 少し距離を置いてそのおばあちゃんにあいさつをしてみた。おばあちゃんはニコニコしてうなずいている。これは喫茶店だ。これはいける、と確信し自転車を頼りない柱の一つに立てかけ、本格的な交渉を始めた。無論、おばあちゃんに、英語もヒンドゥー語も通じない。身振り手振りで、「僕は喉が渇いているのだ」となんとか伝えようとした。おばあちゃんはまだニコニコしたままうなずいている。僕はぼこぼこと湯気を出している真っ黒の鍋を指さして、チャイを飲む動作をした。おばあちゃんは僕に日影度一等地にある大きい石の椅子を指さした。どうやら僕が欲するものを理解してくれたようだ。僕はその石に腰をかけチャイを待つことにした。
 おばあちゃんは手際よくチャイを作ってくれ、飲み口が欠けている小さなガラスのグラスに並々と注いで僕に手渡してきた。グラスを持ったその手は、グローブみたいに大きく、しわくちゃでいかにも力強く、僕は自分の手をポケットに隠したくなった。僕は一口チャイを啜った。いつも甘ったるいと感じるチャイも、この時に限ってはこの甘ったるさが丁度よい。砂糖が体の隅々まで吸われていくのがわかる。熱かったがすぐに飲み干して、もう一杯注文した。おばあちゃんはニコニコしながらまた手際よく作ってくれた。
 結局僕は5杯のチャイを飲んだ。ようやくタバコを吸えるにまで回復した。
「いくら?」と小銭を見せながら聞いた。おばあちゃんは指二本立てた。20ルピー?一杯4ルピー?それはあり得ない。首都のデリーでもそれはない。くそっ!こういうのが疲れるんだよな。相手がチョビ髭のおっちゃんだったらそのまま無視して去るところだ。が、おばあちゃんだしな。しかも手がでかいしな。しゃぁないか、僕は10ルピー札二枚、ふて腐れて差し出した。そしたら、おばあちゃんは僕の小銭入れを指さし、「そっちそっち」と伝えてきた。小銭入れを出すとそこから1ルピーコインを二つ取った。どういうことだ、僕はわからなくなった。2ルピー?チャイ5杯も飲んで2ルピー?一杯0.4ルピーなのか?
 僕は急に恥ずかしくなってきた。疑ってしまったことに。タバコふかしながらチャイを5杯も飲んでおいて、ケチなことを考えていたことに。キンキンのコーラのことばかり考えていたことに。
僕は何のためにインドを走っているのか?

 僕は再びペダルをこぎ始めた。この後、腹痛に襲われることは、その時点で、僕は知らなかった。


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このストーリーに関するコメント

16/02/16 クナリ

人間万事塞翁が馬、ですね(^^;)。
なんだかんだで人のいい主人公が楽しいです。
ラスト付近のやりとりもテンポがよく、楽しく読みました。

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