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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

性別 女性
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しょっぱい玉露

16/02/15 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:10件 光石七 閲覧数:1501

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 どうやら明日、世界は滅ぶらしい。昼休みとなり、ディスカウントストアで買った安いおにぎりにかぶりつこうとしたら、休憩室の片隅のテレビに速報のテロップが流れた。くだらない昼のバラエティ番組を映し出していた画面が切り替わり、某国の科学者のコメントが同時通訳で生中継される。それだけではよくわからなかったが、その後の日本のスタジオでの解説で大まかな状況が呑み込めてきた。何でも、新たな宇宙の泡が生まれようとしているという。その泡が膨張しながら宇宙を光速で駆け抜けることで、物理法則がすべて崩壊し、地球どころかこの宇宙そのものが一瞬で消滅するらしい。研究者たちが計算して導き出した宇宙消滅の日時は、日本時間でいうと明日の十一時二十七分四十四秒。プラスマイナス〇.五秒程度の誤差はあるかもしれないが、この現象は間違いなく起こり、防ぐことも逃げることも不可能らしい。研究者たちが兆候に気付いたのが一昨日で、二日がかりで調べてみたら超緊急事態がすぐそこに差し迫っていた、ということのようだ。
 午後の就業開始時刻が過ぎているが、誰も仕事に戻ろうとしない。テレビに釘付けの奴、スマホで情報を検索する奴、ウロウロ歩き回る奴、放心状態になっている奴……。
「ど、どうすりゃいいんだ?」
「……どうしようもないってことだろ」
不毛な会話を繰り返すばかりの奴らもいる。そんな連中を横目に、俺はおにぎりを頬張った。――ジタバタしても呆けてもしょうがないだろ。俺は冷静だった。いや、むしろ安堵していた。――これで終われる……。
 何人かが帰り支度を始めた。仕事といっても工場の日雇いバイトだ。ましてや明日死ぬって時に、責任持ってこの職務を全うしようなんて思わないのは当たり前だろう。
 おにぎりを胃袋に収めた俺は、ペットボトルの緑茶を喉に流し込んだ。――安物はやっぱり不味い。そうだ、死ぬ前に最高級の美味い緑茶を淹れて飲んでやろう。買って帰るか。俺の人生のささやかな有終の美だ。
 明日の今頃、俺はもう存在しない。存在しなくていいのだ。もう過去の夢の残像に苦しむこともない。……大多数の死にたくない奴らや未来が断ち切られるガキどもには気の毒だが、明日の滅亡は俺にとっては福音だ。五年前に声を失って以来、死にきれない屍のような日々を過ぎしてきた。ようやく終止符が打てる、解放される……。
 俺は一人、黙って立ち上がった。もっとも俺は喋りたくても喋れないが。おにぎりの包みと空のペットボトルをゴミ箱に放り込み、ロッカーへ向かった。

 歌が俺の唯一の才能で生きがいだった。早くに死んだ両親も、育ててくれたばあちゃんも、よく俺の歌を褒めてくれた。高校の同級生と組んだバンドで、本気でメジャーデビューを目指した。地道に活動を続けること四年、俺たちは幸運にもある音楽プロデューサーに見出された。プロデューサーは俺の声を高く評価してくれ、俺たちのために最高のデビューの舞台を用意してくれた。
 だが、俺たちのデビューは流れた。俺が歌えなくなったからだ。度々喉に違和感を覚えていたが、風邪か疲れだと思い込んでいた。しかし、俺の声は掠れて小さくなっていく一方で、病院の検査で判明したのは……声帯が壊死していく原因不明の病だった。否応なしに声帯を摘出され、俺は声を失った。
 仲間たちは俺を責めたりしなかったが、俺はアパートを引き払い、彼らとの連絡を一切断った。
 メジャーデビューという夢だけが砕けたのなら、また頑張ることはできただろう。だが、歌うこと自体できなくなった俺は、どうにも生きる意味を見いだせなかった。
「どんなに辛くても、自分で死んだらアカンよ」
ばあちゃんの遺言は俺を現世に繋ぎ留めるありがたい重石であると同時に、邪魔臭い足枷でもあり続けた。声を失くしてから、俺は生きたいと思ったことはない。

 この宇宙規模の非常事態に果たして店が営業してるのか、という心配もあったが、無事目当ての高級茶葉を手に入れることができた。帰宅すると、さっそく急須と大きめの湯呑を棚から出した。やかんで湯を沸かし、急須に注ぐ。さらにその湯を湯呑に移す。空にした急須に多めの茶葉を淹れ、湯呑の湯を注ぎ、蒸らすこと一分。玉露の場合は更にもう一分。――ばあちゃんから教わった茶の淹れ方だ。湯呑に最後の一滴まで注ぎ切り、まず香りを楽しむ。それから一口口に含み、じっくり味わって飲み込む。――美味い。声にならない声が漏れた。
 俺はゆっくり、ゆっくり、一杯の緑茶を味わった。……何故か徐々にしょっぱさが加わっていく。――何を泣いてるんだ? 生きてるのが嫌で仕方なかったくせに。今になってやっぱり怖いのか? そんな馬鹿な。それとも、この世に未練があるっていうのか?
 拭っても拭っても溢れてくる涙。俺は残りの茶を一気に呷った。


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このストーリーに関するコメント

16/02/16 クナリ

ある意味で腹をくくった主人公、どうせ最後なんだからと悪さをするのではなく、彼なりにお茶を通して自分の思いと向き合う姿が印象的です。

16/02/16 南野モリコ

光石七さん、ご無沙汰しています。久しぶりに読ませて頂きました。
やっぱりいいですね!
しょっぱい玉露というのは、涙の味だったのですね。
声を失った主人公が最高級の玉露に
声にならない声が出たところに深みを感じました。
いい作品をありがとうございました。

16/02/21 光石七

>クナリさん
コメントありがとうございます。
自分の中の生に対する消極的な部分が、主人公に反映されたように思います(苦笑) 宇宙滅亡のニュースにこういう反応をする根拠を作るためだけに酷い目に遭わせてしまい、主人公に申し訳ない……
基本的に悪いことはできない、良心的な主人公のつもりです。自分の人生や自分の命を大切に思えないだけで(これも十分問題かもしれませんが)
ラストの主人公の心情を読まれる方に丸投げしてしまった感がありますが、そのように捉えてくださるとは…… 自分の思いと向き合っているというより、込み上げてくる感情の渦に対処しきれずにいる……ような気も……(自分で書いといて説明できない奴)
すみません、精進します <(_ _)>

>ミナミノモリコさん
タイトルにひねりは無いし、共感されにくい、わかりにくい内容だと思っていましたが、深みを感じてくださり、ありがたく思います。
当初は声を失う設定は無く、“死にたい願望”を抱えた男が死ぬ前にお茶を飲むだけの話だったのですが、「主人公の人生観(?)の根拠があったほうがいいかなあ……」と思って入れました。プラスに転がったのなら、幸いです(よく主人公を辛い目に遭わせる、酷い作者です(苦笑))
こちらこそ、もったいないコメントをありがとうございます。

>小狐丸さん
コメントありがとうございます。
主人公を応援したくなるとのお言葉に、そういう人との繋がりを自分から切っちゃったりしたから主人公は余計に一人で苦しむことになったんだな、と改めて気付かされました。基本的に“いい子”、“いい人”ではあるんですけど。
作中の声帯の病は作者の創作です。声帯を失っても、電気式人工咽頭発声器具を使う方法や食道発声など、声を取り戻す道はあるようですが、元の声とは違うし、大きな声や早いテンポでは喋れないため、健常者たちの会話についていけずに孤立したり、社会的に理不尽な扱いを受けたり、苦労があるようです。
ラストは読んでくださる方に甘えすぎていますが、深いお話とおっしゃってくださり、恐縮です。
少しでも心に残るものがありましたなら、幸いです。

16/03/03 冬垣ひなた

光石七さん、拝読しました。

よく人類最後の日に何が食べたいかという質問がありますが、
ばあちゃん仕込みの玉露を飲む事を選んだ主人公に、深く感動しました。
生きる意味を見いだせない主人公の上げた、声にならない声。
失った言葉ではなく、心のこもったお茶に涙するラストが切ないです。

16/03/05 光石七

>冬垣ひなたさん
コメントありがとうございます。
読んでくださる方にほぼ丸投げしてしまっているラストですが、感じ取ってくださり感謝です。
日頃「死にたい」と思っていたとしても、いざ死ぬとなるといろんな思いが湧いてくるんじゃないかなあ、と。お茶って心を落ち着かせる作用もあるけれど、本人が自覚していない心の奥底を汲み上げる時もあるのではないかと、組み合わせてみました。
ちなみに私は最後の日に食べたいものは思いつきませんが、猫と一緒にいたいですね(笑)

16/03/09 光石七

>志水孝敏さん
コメントありがとうございます。
作者より深く汲み取ってくださり、恐縮です。確かに主人公は生真面目ですね。志水さんのコメントで気付きました(苦笑)
書き込みが足りず、「とにかくこれで何か読み取ってくれ」と読んでくださる方に放り投げている感じで、申し訳ない限りですが、皆様の寛大さと感性に助けられております。

16/03/15 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

地球が消滅するのなら、もうあくせく働く必要もないですね。
覚悟を決めたら、それまでの時間を自分が一番好きなように過ごすのがいいとは思っても、
自分だったら実際どういう風に過ごすのか見当がつきません。
主人公の最後の涙に深いものを感じました。

16/03/15 光石七

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
妙に疲れたり物事を見る目が冷めたりしてると「別に明日死んでも構わないや」と思ったりする時もありますが、いざそういう事態になったらジタバタするような気がします。
ラストは読んでくださる方に丸投げしてしまい申し訳ない限りですが、感じるものがありましたなら幸いです。

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