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守谷一郎さん

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シンクロニシ・ティー

16/02/06 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:3件 守谷一郎 閲覧数:825

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 言葉よりたしかに気持ちを知る術がある。どうやって?間接キスで。

 西日が差し込む教室の隅に座る僕の前には、一本のペットボトルが立っている。中身を黄金色に輝かせ、「宝石みたいだろ」と言わんばかりだ。
「購買部の自販機に90円で売られているお前が何を偉そうに」
 悪友へ軽口を叩くように呟く。
 安っぽい緑色のラベルに堂々とした筆文字で「お茶」と印字された変哲も工夫もないお茶。「見た目じゃないぜ」とその無骨さを誇っても、中身も大量生産されたソレなのだから、「君は正真正銘ただのお茶である」と釘をさしておく。
 ただ、君が隣席の彼女のモノであるということが他とは比較にならない価値を持つ。
 キャップを空け、テカテカと白く光る口が露わになると、その艶めかしさに目を奪われ、思わず生唾を飲む。これで、彼女の想いを確かめる。
 だけど、今日はどうしてお茶なのか。いつもと違う行動に違和感を覚える。

『間接キスをした相手の気持ちを共有できる』
 キスが恋人との愛を確認する儀式なら、間接キスにもそれに類似した能力が備わっているはずだ。
 いつかの放課後、彼女が置き忘れていった紙パックのオレンジジュースを偶然にも飲むと、僕は見たこともない光景の中にいた。
 いつの間にか校舎裏に立ち、告白されている。男に。
 胸の内に果実のような甘酸っぱい幸せの液体が染み渡っていく。男に告白されたのに。
「嬉しい」
 綺麗で透き通るあの大好きな声が僕から放たれる。僕が男にそんなことを?
 いや、これは僕じゃない、誰かの景色。
 それが、彼女に恋人ができたときの記憶だと理解するのには随分と時間がかかった。

 それから何度か放課後に、僕は魔性の液体を口に含むようになった。
 味が変わると、景色も変わる。彼女は甘い飲み物を好んだから、僕が見る彼女の記憶はいつも幸せに満ち満ちていた。彼女の、青春の味。そして、そこにはいつも僕が映っていないことを思い知って打ちのめされる。
 それでも僕が間接キスを続けるのは、彼女の世界に一片でも僕が登場して欲しいから。叶わぬ願いを胸に秘め、僕は今日まで彼女の想いを味わい続ける。

 そして今、苦いと言って彼女が顔をしかめてよく残すお茶が目の前にある。いつもより随分と中身が残っていて勿体ないと思う。彼女に何か心境の変化があったのか。
 僕はペットボトルを強く握りしめる。彼女の想いを、真実を知るために。
 お茶を含むと苦い味が味蕾から浸透して、彼女の過去が見えてくる。
――隣を歩く男との気まずい会話。何だか息苦しい。
 唇を当てる場所をかえてもう一度飲む。
――別れたくない、と涙する。
 さらに別の角度から唇を当てて。
――去っていく男の後ろ姿を見送る。
 胸の中には悲しい別れの苦味が広がっていく。
「そうか、彼女は……」
 僕は彼女に今恋人がいないということを喜ぶより、彼女が傷ついていることに傷ついていた。
「彼女の心を癒す方法は……」
 その答えを探すため、やはり僕はお茶を飲む。これで間接キスをできるキャップの口は一周した。最後のチャンスを念入りに味わう。
 ほろ苦い味と一緒に、彼女の苦しい思い出が見えてくる。苦くとも味わい尽すべく、口の中で遊ばせ続ける。
 すると、どうしてか。徐々に景色が彩られていった。遅れて、長く口に含んでいたお茶の、微妙な甘さを認識する。そうだ、お茶は苦いだけじゃない。
 その微かな甘さの先に、僕の横顔があった。彼女が見ていた景色に僕が映っている。しかも、ほんの少しの甘味を帯びて。
 これはどういうことだろうか。まさか。いや、そうとしか考えられない。
 
 何とかこの先を見たかった。でも、すでに縁には僕の唇が触れきっていて、どこから飲んでも自分自身と間接キスすることになってしまう。
 外して置いておいたキャップの蓋が目に入る。裏側が濡れているのに気づく。
「これも間接キスになるだろうか」
 僕は蓋の裏側に舌を伸ばした。そして、閃光のようにまた僕の視界には景色が流れる。
――教室の隅。男がいる。僕だ。やはり君は僕のことが。
 そこで気づく。これは苦味だ。苦い、彼女の嫌悪する味。
――目に映ったのは僕がペットボトルの蓋を舐めているところ。変態だ。

 現実に戻される。ドアの方を向くと、彼女が汚物を見るような険しい目をしてこちらを睨んでいた。
「いつも減ってたから違和感あったんだ」
 陸にあげられた魚みたいに口をパクパクさせるが何も言葉を返せない。
「君だったんだ。最っ低」
 それだけ言うと、彼女は姿を消した。

 僕は追うこともできず、乾いた唇を噛む。葉の青臭い味がする。
 僕の、青春の味。
 目に入ったペットボトルのラベルに印字された無骨な「お茶」の文字に、
「俺も人生も、そんなに甘くはないよな」と言われた気がした。


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このストーリーに関するコメント

16/02/06 ヤマザキ

拝読しました。すごく面白かったです。
まずはタイトルで目を魅かれました。こういうネーミングがすごい好みです。
序盤、間接キスで気持ちを共有できるというアイディアで心を掴まれ中盤でハッピーエンドを想起させておいての最後のお約束なオチ。爆笑しました。
構成力が大変素晴らしいと思いました。
この男、直接キスだともっと深く感覚共有できたりするのかな?

16/02/07 守谷一郎

お読みいただきありがとうございます。そこまで褒められると恐縮ですが、嬉しいです。
単純にお約束だけ持ってきても自分の中で面白くならなかったので、一山作ることになりました。物語の外で言うのも何ですが、裏設定として主人公の能力は「唾液を摂取することで相手の情報を手に入れる」というものです。直接唾液を交換するキスだと今度は相手の未来も見えます。一応毎回こんなどうでもいい設定を考えてますが、生かされる場所はなさそうです。

16/02/11 泉 鳴巳

拝読しました。
まずタイトルが素晴らしいですね。私もこういったセンスを身に着けたいものです(いつもタイトルが決まらないので……)。
タイトルでビビッときた貴作ですが、内容も大変良かったです。
特殊能力(?)をクドく説明せずサラリと取り入れ、じわじわと持ち上げていきドーンと落とすオチも素晴らしかったです笑

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