1. トップページ
  2. 緑茶依存の夫

霜月秋介さん

しもつきしゅうすけです。 日々の暮らしの中からモノガタリを見つけ出し、テーマに沿って書いていきます。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 不言実行

投稿済みの作品

3

緑茶依存の夫

16/02/05 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:4件 霜月秋介 閲覧数:1241

この作品を評価する

「先生、どうなんですか?私の夫は…」
 私が恐る恐る尋ねると、先生は静かに口を開いた。
「伊藤さん、あなたのご主人はカフェイン依存症ですね。おそらく毎日大量に飲んだ緑茶が原因でしょう。これからは当分カフェインを控えてください」
 病院の診察室。夫は私の隣で呆然としていた。今の先生の一言に対して動揺しているのかしていないのか、何の反応もせず只黙って、口を少し開いたまま、瞬きだけを繰り返した。医者のこの一言は夫の心にどれだけの衝撃を与えただろうか。これまでの人生の殆どを緑茶と共に生きてきた夫にとってその一言は、この先の夫の人生に大きな影響を与えることだろう。
 夫の一日は緑茶で始まる。朝起きて台所の冷蔵庫を開け、五百ミリリットル入りのペットボトルの緑茶をぐいっと飲み干す。そして朝食には常に湯のみで緑茶を飲み、緑茶で口で口を濯ぎ、リュックに一リットルの緑茶入りペットボトルを詰めて会社へ行く。帰ってきてからも緑茶でうがいをし、夕食をとるときはビールジョッキで緑茶を飲む。アルコールは摂らない。
 夫と私は小学校からの幼馴染だった。そして夫が緑茶を飲むようになったきっかけは、小学校のときのバレンタインデーに、私が夫に甘いチョコレートと一緒に手渡した緑茶だった。それまで夫は緑茶など飲んだことが無かったらしい。元々健康意識が高い夫。緑茶の効能は素晴らしいといつも口癖のように呟いていた。緑茶を飲むことで血糖値を下げ、糖尿病を予防することができる。更にダイエット効果や免疫力向上も。緑茶でうがいすることで風邪やインフルエンザの予防になる。
 しかしどれほど体に良いものでも、限度というものがある。何事もやりすぎはよくない。そう。夫はやりすぎたのだ。健康の為に飲んだ緑茶が逆に、夫の体に悪影響を及ぼした。いつも温厚な夫がある日突然、ほんの些細なことで私に暴力を振るい始めた。摂取しすぎたカフェインが原因である。急に暴れだしたかと思いきや、今度は急に落ち込んだりと、情緒不安定な状態が続き、私は夫を連れて病院へと足を運んだ。そして先生に下されたのが、『禁茶』である。
 当たり前が当たり前で無くなるというのはどういうことか。太陽が東から昇り西へと沈むように、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すように、夫にとって毎日緑茶を飲むことは当たり前の習慣。それが無くなるのだ。しかし夫を守る為、私は鬼になった。冷蔵庫に入っている緑茶のペットボトルの中身をシンクにひとつ残らずあけた。
 しかしいくら家にある緑茶を処分しても、外で飲んでは意味が無い。だからと言って夫を終日監視できるはずもない。夫が緑茶を飲もうとした瞬間に電流が流れたりようなシステムがあれば便利だが、勿論そんなものはない。この世から緑茶というものを抹消できたらどんなに楽だろう。とりあえず私は夫の会社の人間を始め、夫の知り合いに夫のカフェイン依存症のことを打ち明け、夫にカフェインを摂らせないよう促した。しかし人の意見は様々である。「夫を守りたいのはわかるけど、そこまでしなくてもいいんじゃないのか?」という者もいれば「好きなだけ飲ませてやればいいじゃん。旦那さんの人生なんだから」という者も。所詮は他人事なのだろう。夫を心底心配するような人間は少なかった。たしかに元々、今の夫を作ってしまったのは私自身。だから私にも責任がある。
「ちゃぁぁ、ちゃぁぁぁぁああ…」
 断茶してから毎晩のように、うめき声を発する夫。たまらなくなった私は二階の寝室に夫をひとり置き、私は一回のリビングのソファで寝ることにした。しかしそれでも二階からのうめき声を完全に消すことができず、一睡もできない日々が続いた。いつまで続くのだろう。こんな毎日がいったいいつまで…。
「ちゃぁ…ちゃぁあ…ちゃああ」
 夫に緑茶を飲ませないことが、本当に正しいのだろうか。夫の体を守る為にしてきたことが、本当に夫の為になっているのか。逆にもっと夫を苦しめているのではないか、依存症を治して欲しいというのはただの私のエゴではないかと自己嫌悪で頭が一杯になった。だんだんと私にはわからなくなってきた。疲労が蓄積していくにつれ、いっそのこともう夫に緑茶を差し出してもいいと思い始めている。
 しかし夫は結局、私が緑茶を差し出す前に不慮の事故で他界した。私は自分を責めた。何故夫にもっと早く緑茶を飲ませなかったのだろうと、そうしていたら夫は事故に遭うこともひょっとしたら無かったかもしらないと。しかしどれだけ悔やんでも夫は戻ってこない。うなり声が消えても、私は相変わらず眠ることが出来なかった。
 私は、夫の墓石の前で何度も謝った。私は持ってきた緑茶入りのペットボトルのキャップを開け、夫の墓石に満遍なく撒いた。墓石から漂う緑茶の匂い。それは夫にとって癒しなのか苦痛なのか、私にはわからなかった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/02/06 ヤマザキ

拝読しました。
何事もやりすぎはよくない。今回はお茶というテーマで書かれていますが何事にも当てはまることですね。
妻の夫を守りたい気持ちの一方で夫の職場の方々の言うことも一理ある。
何が正しいのか中々難しい問題です。この話は悲しい結末でしたが、現実でいつか身近の人との別れが訪れた際、当人も周りも少しでも悔いを残さないために、常日頃から幸せな思い出をつくれるよう心掛けていきたいですね。
心に深く残る考えさせられるお話でした。

16/02/06 クナリ

題材はテーマのとおりお茶なのですが、この物語自体もひとつの例といいますか、他の色んなもので起きている話なのだろうな、と思いました。
後から悔やんでも遅いのかもしれないけど、それがわかっていても、その時にしてあげられることは多くはない。
切ないですが、事実ですね。

16/02/20 滝沢朱音

「禁茶」「断茶」という表現、新鮮で面白いですね。
話題の元野球選手も、今ごろ禁断症状に苦しんでいるのだろうなと思ったりしつつ、
「ちゃぁ…ちゃぁあ…ちゃああ」という夫にについ重ねあわせました。
カフェインも、依存性があるんですもんね…怖いことだ…
そう思いながら、今まさにコーヒーを飲みつつこれを書いている私でした^^;

16/02/26 霜月秋介

コメントありがとうございます。

ヤマザキ様
そうですよね。夫の為に頑張っているつもりでも、夫にとってそれはどうだったのか?夫の為とは?書いてる自分も未だそれはわかりません。

クナリ様
たしかに依存性はさまざまなものでなりますね。ドラッグは犯罪ですが個人的身近な症例としてアルコール依存性が挙げられます。本人にやめる意志がないと、改善まで進められないのでしょう。

滝沢朱音様
断茶も禁茶も初めて使う言葉でした。加●茶さんは好きですが(⬅?)
真夜中に二階から聞こえるうめき声は、軽くホラーですよね。
そういえばこの話を書いた頃でしたかね。あの元選手のニュースが流れたのは。タイムリーな話題となってしまいました。

ログイン