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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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将来の夢 星座になること
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純文学家のすき焼き

16/02/01 コンテスト(テーマ):第100回 時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:757

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 父は頑固者だ。純文学以外、文学としては認めないという。何という一徹。何という石頭。その頭をとんかちで割ったら純文学という名の石が出てくるのぢゃなかろうか。長男はうっかりクスリと笑った。失笑というやつである。めざとい父はその瞬間を見逃さなかった。暇でもあった。純文学というジャンルが売れないという鬱屈もあった。そんなもろもろを投げつけるように長男に向かって声を荒げた。
「おまえは今、笑っただろう」うろたえつつも長男は首をふった。
「いいや、笑った。わしは確かに見たぞ。わしが今日も一行も書けないことを笑ったに違いない。ええっ図星だろうがっ」正確に言えば違う。「父上の頭を割ってみました」などと正直に言えばおそらく火に油。話はめんどくさい方へ進むに違いない。ややこしいのは純文学という話の中だけにしてほしいと頭の中でそろばんはじき、長男は頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」それから一時間、父に説教をきかされる羽目になる。正直者であってもなくても事態はそんなには変わらないという事を長男は学ぶ。
 やっと開放されたところへ長女が遊びに訪れた。
「やあ、姉さん。おかえり。元気そうだね」器量よしの姉は羽振りの良い大衆文学の家に嫁いでいた。当時父はその結婚に反対したが世は自由恋愛。結局認めざるを得なかった。
「ただいま。ちょっと痩せた? ちゃんと食べてるの? はい、これおみやげ。まつざかうし、よ。今晩すき焼き食べさせてあげる」さすが売れっ子作家の人は太っ腹。程よくサシが入り、艶々とした実に旨そうな肉であった。
「ありがとう。すごい肉ですねえ。グラムいくら? 九百八十円はするんじゃない?」
 長男はごくりと喉を鳴らした。
「みくびってもらっちゃ困るわ。グラム千円以下の肉なんて持ってくるわけないじゃないの、私は大衆文学の家の嫁ですよ」「豪勢だなあ。そういや最近は鶏肉しか食べないや」 突然、書斎の襖が開いて父が現れた。
「情けない。純文学の家の跡取りというおまえが、肉の価値を値段で判断するとは」
「あら、父さん、ただいま。もしかして盗み聞きされてたのかしら」
「なにをいうか、聞きたくなくとも聞こえただけじゃ」
「では父上、肉の価値は何で判断すればいいのですか」
「うむ。それは買った者がうまいと言えばそれだけで価値があるのだ、息子よ」
「はあ」長男は分かったような、分からないような顔をしている。
「それはこういう事でしょうか」娘はまな板の上で長葱を刻みながら聞いた。
「肉に優劣はない。食べる人がひとりでもいればその肉には価値があるとおっしゃるのですね、父さんは」
「おお、娘よ。おまえもたまにはいいことをいう」
「ありがとうございます。父さんにほめられたのは、小学校の時に私が作文を書いた時以来ですわ。覚えてらっしゃいますか」
「覚えているとも。あれは作文の域を越えた見事な純文学であった」娘は病気で亡くなった母の事を作文に書いた。人は死ぬ。それは純文学において繰り返し書かれてきたテーマでもあった。
「あの時もしもうちにお金があったら、母さんは死ななくても良かったんじゃありませんか? もっといい病院で見てもらってれば……」
「姉さん、よしなよもう」「そうね、そうね、もう昔のことね。母さんだって親子が喧嘩してちゃ、喜ばないね」
 娘は少女の頃に思った。純文学がどれほどのものか知らぬが、純文学がもっと読まれていれば、お金さえあれば母は死なずにすんだのだ、清貧なんか糞くらえ、と。
「でもね、本だって読まれてなんぼだと思うのよ。たとえば誰からも読まれなくなった本は、ないということに等しいのじゃないのかしら」娘の眼からは涙がひとすじ。それを見た長男も涙ぐんでいる。
「いやだ、葱を刻んだせいだわ」
「姉さん、俺、決心した。これから父上の本を売ってくるよ」
「えっあんた、大丈夫なの?」
「大丈夫さ、俺を誰だと思ってるんだい。この家の跡取りだぞ。純文学を俺の代で終わらせるわけにはいかないぢゃないか」
「よく言った。それでこそわが息子ぞ」
「でもせっかくの松坂牛が……」
「息子よ、安心せい。おまえが帰ってくるまで、父は食べすに待っておる」
「はい、父上、行ってまいります」旅立つ息子の背中を見送りながら、もしかしたらこれが最後の姿になるかもしれない、息子は帰ってこないかもしれぬという予感を男は感じていた。
「では、娘よ、さっそくすき焼きの準備をしてくれ」
「まあ、父さんったら。待っているってあれは嘘でしたの」呆れ娘の顔に、男は亡き妻を重ねていた。
「いいのだよ」なあ、かあさんや、たとえ純文学がわしで終いになろうとも、或いは生き延びようとも、もはやどうでもいいのだよ。男はその身からようやく重たい石を取り出した。それよりもすき焼きだ。食べたら書いてやるぞ、と決心した。
 


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このストーリーに関するコメント

16/02/03 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

純文学とすき焼きのコラボがシュールで面白い。
たしかに純文学は売れないらしい。
近所の本屋(今は潰れた)のおやじが言ってたけど、夏目漱石や芥川龍之介は名前は有名だけど、
店に置いても、誰も買わないとか・・・。

本屋で娘が働いてるけど、ラノベとBLとフランス書院がよく売れると言ってます。
もうすき焼きでも食べて気合入れるしかないですよね、純文学さん!
面白く読ませていただきました。

16/02/16 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

純文学といえばすき焼き!という私の勝手なイメージです(笑)
いつかいつかと思いつつ、今日まで読まずにきてしまった名著の数々…
いつか読みたいという野望はまだあるのです。
すいすい読めて楽しくてあとはなにも残らない手軽なものが現代ではウケるのでしょうね。

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