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四島トイさん

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庭先で本を焼く

16/02/01 コンテスト(テーマ):第100回 時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 コメント:6件 四島トイ 閲覧数:716

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 叔父は庭先で火を焚いていた。
 いつもどおりの陰鬱な表情。生気の無い瞳に無精髭。綿の飛び出た半纏姿。腰掛けている空洞コンクリートブロックには赤茶けた泥と青緑色の苔。曇天模様の冬空の下、この世の不吉が服を着て居座っているかのようだ。
 わたしは嬉しくなって駆け寄った。
「笑うもんじゃないよ」
 隣に腰掛けると、橙色に照らされた顔を上げることなく叔父は呟いた。「お前はいつも俺を見て笑うね」
「だって叔父様。陰気よ」
「そうかい」
「そうよ。お庭にドロドロ滲み出てくるみたい。ああ。陰気とインキをかけているのかしら。叔父様は物書きだから。自分のインキで空気に作品を書くのね。ねえ。最近のインキって大豆油が多いのよ。地球に優しいんですって。叔父様も地球に優しいといいわ」
 叔父は少しだけ笑った。骸骨が痙攣したような、不気味な笑みであった。
 寒空に煙が立ち上っていく。ごおっと飛行機が横切る音が聞こえたが、姿は見えなかった。
 叔父の脇には朽ちかけた段ボール箱が鎮座している。半開きの蓋の隙間から何冊もの本が顔を覗かせていた。首を傾げてみせる。
「今日は本を燃やす日なのかしら」
「そうだな。図書の火葬日だ」
「日曜日になれば学校で古紙回収をするのに。叔父様は地球に優しくないのね」
「お前は死体を家に置いておきたいか」
「ゾクゾクすることを仰るのね。誰かによるけど」
「……俺は嫌だね。少なくとも日曜まで回収を待ちたくは、無い」
 叔父は手にした本を炎の中に放り込んだ。ばさりと開いたページの四隅がジリジリと黒ずんでいく。熱さに身悶えるように表紙が歪む。叔父は火かき棒で、その姿を炎の中に押し入れる。
「こいつは自傷行為で雁字搦めの死に損ないの高校生だ」
 叔父はぽつりと零してから、別の本を手に取った。
「こいつは性転換して親の死に目に会いに行く会社員だ」
「こいつは死んだ飼い猫の骨を埋めに北極へ行く老婆だ」
「こいつは海外の舞台で名優の影武者をやった劇団員だ」
 次々と火にくべられる本達を叔父は虚ろな目で見送る。
 本の重さで火が消えそうになると、叔父の枯れ枝のような指がマッチを擦る。北風に炎が息を吹き返す。目の前で進む、名のある書籍達の火葬行列。
 段ボール箱はいよいよ空になるというところで、原稿用紙の束が現れた。
「それが最後かしら」
「そうだな」
 叔父はそっと原稿用紙を取り出すと、じっとそれを見つめた。指先に力がこもり、周囲を取り巻く陰々滅々たる大気の濃度が極度に増した。叔父の空洞のような瞳と、こけた頬から発せられる鬱々さはわたしの背筋をゾクゾクさせた。
「それも火にくべてしまうの。叔父様」
「……わからん」
 叔父の声が風の隙間から聞こえた。
「兄貴は言う。お前の父親は。編集長は。今までどおりでいいんだと。俺の作品を皆が待っているんだと。これは見なかったことにすると。どうしてだ」
 わからん、わからん、読者がわからんと叔父は呟き続ける。空気の重さがじっとりと増していく。
「高校生の救済が、親の死に際の一言が、老婆の見た光景が、劇団員へのスポットライトが、何が面白い。俺にはわからん。こんなものはどこにでもある話だろう。いつの時代だって生産されているだろう。俺じゃなくても書けるだろう。ああそうだ。俺が書いた。書けと言われて、書いたんだ。だが、どうしてこんな、でまかせが、与太話が、まかり間違って、本になって、ドラマや映画になるっていうのに、魂をかけてやっと書き上げた俺だけの話が箸にも棒にも歩く犬にも当たらないんだ」
 こんなことなら俺は、もう、と叔父が握り潰す原稿用紙をわたしはぼんやり眺めていた。
 火はごうごうと燃え上がり、叔父の名を冠した本達は揺らめきの中で灰になっていく。
 わたしは叔父の手に優しく手を添えた。
 無理な力のかかった拳を解き、原稿用紙の皺を広げて、火にくべた。
 カラカラに乾いた原稿用紙は瞬く間に、燃え上がり、炎の橙色をわずかに濃くした。
 叔父が物も言わずにそれを眺めているのを見て、私は嬉しくなった。しばしの間があって、原稿用紙の切れ端が風に舞った。叔父は深く息を吐いた。
「……笑うもんじゃないよ」
「だって叔父様が陰気なんだもの。わたしそういうのが好きなの。ゾクゾクするの」
 叔父が顔を上げる。わたしの顔を見て、炎を見て、空を見上げると、もう一度、小さく笑うように息をついた。
 風が吹く。
 灰になった本の合間で、炎は燻り続ける。
 それを火かき棒で掻き混ぜながら、インキの世界をたゆたう。
 次の作品こそは、という叔父の声が聞こえた気がした。


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このストーリーに関するコメント

16/02/01 クナリ

自作品だったのですね。
文学作家の悩みは自分のようなひょうろくだまには到底分かりませんが、独り言のように続く言葉が印象的です。
主人公が魅力的なので、話を聞いているだけではなく何らかの行動を起こすところが見たくなりました。

16/02/03 四島トイ

>クナリ様
 読んでくださってありがとうございます。
 動きもなく、拙い作品ですがコメントいただけたことで報われた思いです。主人公を魅力的と言ってくださって大変嬉しいです。個人的にも書いてるうちに大層彼女が好きになりました。
 今回は本当にありがとうございました。

16/02/05 草愛やし美

ああ、ご自分の……、お気持ちわかります。
書くこと難しく悩みはつきません。
自分では良いと思ったはずなのに、なぜうけないのだろう……。

叔父さんと主人公が受け答えする台詞がとてもいいです。
「陰気よ」ときっぱり! でも暖かいの、そこが素敵です。
四島さんやはり上手いなあ。

16/02/06 四島トイ

>草愛やし美様
 読んでくださってありがとうございます。
 コメントまでいただけて恐縮です。こうして作品を見ていただけるだけでもありがたいと思う反面、さらに欲が出て、次は評価されたいという気持ちが湧くものでしてお恥ずかしい限りです。特に力を入れた作品などはその思いもひとしおで。
 上手いなどとわたしには勿体無いお言葉ですが、とても嬉しいです。今回はありがとうございました。

16/02/12 光石七

拝読しました。
戯れで書いたような作品が評価され、心底書きたいと思って魂を込めて書いた作品は見向きもされない。書く気が失せるのはもっともだと思います。
主人公がとても魅力的で、筆を置きそうだった叔父さんも彼女に救われたのでしょう。
素敵なお話をありがとうございます!

16/02/13 四島トイ

>光石七様
 読んでくださった上にコメントまでありがとうございます!
 語り部である「わたし」を魅力的だと仰っていただけたこととても嬉しいです。親族の陰鬱さすら作品として楽しめる彼女を、どこかでまた書くことができればと、親バカではありますが感じています。
 今回は本当にありがとうございました。

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