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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

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先生はお前らが大っ嫌いです

16/01/31 コンテスト(テーマ):第100回 時空モノガタリ文学賞 【 純文学 】 コメント:5件 高橋螢参郎 閲覧数:1005

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「……どうですか、先生」
 副部長の今井春香がせっつくように後ろから覗き込んでくるのを、俺は「まだ読めてないよ」と手で遮った。
 大体どうですか、も何もよう。こんな衆人環視の中で落ち着いて小説なんか読めるわけねえだろ。バカ。
 本音はそんなとこだったが、残念ながら俺はこれでも高校の先生だ。しかも形だけとは言えこの文芸部の顧問ときてる。となればあまり滅多な事は口に出して言えねえわけよ。
 いつもは勝手にやってるのを急に呼び出して何事かと思えば、とにかく部員の一人である長野の書いた短編を読め、と言う。今度の文化祭で出す部誌にこの作品を載せていいものかどうか、それを教師である俺に判断しろ、という話だった。
 何でも相当エグい内容で、一般の人々が来校するような場で配るものとして相応しくないと、反対派筆頭の今井は鼻息荒く語ってくれた。まあ妙なポルノ小説とか配られると俺が監督責任取らされるしな。よくやったぞ今井。でもお前の書くすぐに人が死ぬつまんねー小説よりかは、ポルノの方が断然マシだと思うが。
 閑話休題、長野の小説のあらすじはこうだ。
 ろくでなしの夫と別れ、独りで子どもを育てる母親だったが、まだ小さな子どもの声が歳の割に妙に低く父親そっくりで、愛憎入り乱れながらも虐待を続ける……
 と、確かにPTA役員が全員卒倒しかねない、強烈な題材だ。全編にわたって母親視点の一人称で、肝心の虐待シーンの筆致は特に鬼気迫っていて目を見張るものがある。
 が、それが引っ掛かったんだろうな。間違いなく刺激は強い。仮題からして『鬼子母神の落とし子』って、高校生のセンスじゃねぇよ。
 独り読み進めている間もなお、部員の間では議論が喧々諤々と続いていた。
 目では字を追いながら、俺は耳を傾けた。
「これも立派な文学だよ」
 と今井を宥めようとしているのは、擁護派筆頭である部長の中村正志。ゆくゆくは部誌を第二の白樺にしたい、だなんて熱弁を振るっていたが、どうせただ高尚な事をしたい、ってだけで、別に小説なんか書く必要ないだろ、お前。ばからし。
「でも配るとなるとちょっと内容がやっぱり……」
 そう言って発育のおよろしい体をくねらせながら難色を示しているのは本田未来。お前の大好きな田山花袋や谷崎潤一郎の方が断然ヤバいと思うけどな。好きな女の使ってた布団の匂い嗅いで泣いてる変態と刺青彫って痛がってるの見るのが好きな変態に比べたら、長野の小説のがよっぽど健全だろ。でもヤらせてくれたから許しちゃう。とってもよかった。
「じ、純文学がテーマなんだから」
 と、どもりぐせのある宮野修一。おっ、君が大好きな本田さんと反対の意見を言うなんて珍しいな。俺も本田さんの身体は大好きだが、よく言った。そうだ、純文学ってレッテル貼れば何でもありだ。村上春樹の小説に出てきたペニスって単語の回数数えた事あるか? 実に0721回だ。もちろん適当。
 それにしても、これだけ熱心に論じ合ってるのをこうして傍から聞いていてもまるで中身がないのは、驚異的としか言いようがねぇな。どうせあと十年も経ったら純文学だなんて単語はすっかり忘れて、毎日毎日何かに追い立てられながら必死こいて現実と向き合わなきゃなんねぇのによ。
 ……本当、見てていやになるわ。昔の俺みたいでな。
 結局大学を休学してまで書いた長編小説も、世に出るどころか酷評のおまけつきで出戻ってきやがった。同級生が先に就職して働いてる中で、俺にはもう教師くらいしか選択肢がなかった。
 どうだ、これがくだらないお前らの、くっだらねぇ末路だよ。
 いよいよ小説が終わりに近付いて来た頃、俺は最後に長野の表情を原稿用紙の陰から盗み見た。
 瓶底眼鏡の奥で、ずっと無表情の長野祐。担任と仲良かったから話はしょっちゅう聞いてたけど、なるほど何考えてるかわかったもんじゃねぇな。教室の端っこでいっつも夢野久作だの阿部公房だの読んでて気味が悪いって評判だぞ、お前。現にさっきから小説の内容どころか人格否定に繋がりかねないような意見までちらほら出てるのに、当のお前は一切気にしたようなそぶりを見せず頬杖ついて遠くを見てる。人に目の前で原稿読まれてもお構いなしか。全く、大した鉄面皮だよ。
「……読みました」
 瞬間、部室のざわめきが消え失せた。
 それでも長野はこっちを見なかった。俺はこれまでの教師人生のうちで、最も慎重に言葉を選んだ。
「確かに部誌に載せるのは厳しいかも知れません。それに、こんなものを書いてしまう君の先行きがとても心配です。でも」
 この上なく、面白かった。
 たったその一言で、眉一つ動かさなかった長野の横顔がにやりとほくそ笑んだ。ああ、クソッタレ。こいつ、やっぱそうなんだ。
「あーもう、やってられねぇよな」
 という心の声が、思わず口から漏れ出てしまった。


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このストーリーに関するコメント

16/01/31 高橋螢参郎

純文学って何だろ。純文学ってなあに(C)テリー&ドリー
ちなみに作中作『鬼子母神の落とし子』は隙さえあれば自分で書こうと思ってるので、とっちゃヤだぜ

16/02/01 高橋螢参郎

>篠川晶様
コメントありがとうございます。
ご指摘の通り早い段階で俯瞰の情景を一度入れておくべきだったなあ、と反省した次第です。これはちょっとわかりにくい。
純文学って何ぞ、と考えた時に既存の価値観を飛び越えた問いかけだと思ったんですけど、それって教師っていう立場になってしまった以上絶対にタッチできない領分なんですね。だもんで心の声に全部言わせてみました。

村上春樹は個人的に生涯相容れない敵だと感じているので(読んで凄い、と感じた上で、ですが)、氏の悪口ならいっぱい書けてしまいます。ファンの方毎度本当すみません

16/02/12 光石七

拝読しました。
主人公の心の毒舌が小気味良く、面白く読み進めつつも「やけに文学に詳しいな……」と思っていたら、作家を志した過去があったんですね。
ラストは思わず笑ってしまいました。
純文学に関する言及も、辛口なんだけど的を射ている感もあり、妙に頷いてしまいました。
とても面白かったです!

16/02/20 高橋螢参郎

>光石七様
コメントありがとうございます。
どこかに「何で俺が文芸部の顧問なんだよ、国語教師だからって文章書けるわけじゃねーんだぞ」というくだりを入れようとして結局忘れてしまいました。
学校で配られた国語の資料集ってほとんど変態の見本市なんですけど、(井上ひさしの話も入れようかと思ったのですがDV野郎とか書いたらクレーム来そうなので流石にやめました)まあでも何のかんの言っても面白かった、って言わせたら勝ちの単純なとこでもあると思います。読者に生理的嫌悪感を抱かせたらそれはそれで感情を揺さぶってる事の証左ですし。
という事で純文学を語らせながらも文章自体がそれを踏襲している、という入れ子構造を取ってみました。

何か長々と語って気持ち悪いっすね俺。でもこいつはちょっとお気に入りです。

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