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16/01/18 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 kanza 閲覧数:631

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「付き合ってください」どストレートな言葉とともに頭を下げた。
営業所の中を静けさが流れていく。
私が勤める会社はオフィスや店舗に足拭きマットや観葉植物をレンタルしている。今日は仕事終わりに女子会に行き、その帰りに営業所にまだ明かりが点いているのを目にし、覗いてみた。そこにはひとり仕事をする高波さんの姿があった。彼の仕事を手伝い、帰り際に覚悟を決めたのだが……永遠とも思えるほどの静けさが流れつづけている。
 沈黙が苦しい。いや、本当に苦しい。思わず呼吸まで止めていた。慌てて海中から浮上するように顔を上げ、息を吸いこんだ。
 と目の前に姿が……ない。辺りを見渡すと、窓際にまるで何もなかったかのように、ぼんやり夜空を見上げる姿がある。
 ちょこちょこと近づき、そっと声をかけた。「あのぉ」反応なし。思いっきり声を張り上げ、「あのお!」
 振り返った高波さんから、「ごめん」
 ごめん……? これって断られたの? 違うよね。ごめんの前にくるのは話しを聞いてなくて、そんな感じだよね。そうだよねえ……。

 相変わらずマリコさんの部屋はシンプルだ。8畳の洋室はカーペットが敷かれ、真ん中に炬燵があるだけで、あとはテレビ台とテレビしかない。だけど、部屋の続きにあるキッチンに目を向ければ、調理用具がずらり並んでいる。
 マリコさんが、炬燵に置かれたコンロの上で煮える鍋から、肉や野菜を取り分けてくれる。
「ありがとうございます」遠慮なく口にすれば、美味しさと温くもりに包まれていく。
 彼女とは知り合って1年半になる。きっかけは彼女が任されている美容室の担当になったことだ。すぐにうちとけ、特に去年のクリスマスに店に置くツリーの企画を一緒に考えたことで急速に距離が縮まった。
 マリコさんの料理はやっぱり最高。申し訳ありませんが今後も食べる係りでいかせていただきます。
「それで?」湯気の向こうから声が聞こえてきた。
 あれ? あまりの美味しさに何の話しか忘れていた。だが、それはほんの一瞬。忘れられるはずがない。
 取り皿を置きながら「ごめんって謝られました」
「……そっか。それでタカは他に何か言ってた?」
 マリコさんと高波さんは大学の仲間だったらしい。入社してなかなか新規顧客を獲得できなかった私に、彼女を紹介してくれたのが彼だった。
「誰とも付き合う気はないって言われました」
 取り皿にある輪切りのニンジンを見つめながら答えた。
 ぐつぐつ。鍋のひとり言だけが聞こえてくる。ぐつぐつ。ぐつぐつ。
 マリコさん、コンロの火、止めたほうがよくありません?
 顔を上げると、彼女は窓へと視線を向け、その先にある夜空をぼんやり見つめている。
 と一筋の涙が頬を伝った。
 えっ? これって私を悲しんでくれてるの? いや、もっ、もしかして二人って昔何かあった? あっ、付き合ってたとか。
 彼女はセーターの裾で涙をぬぐうと笑顔で、「よし、今日は飲もう!」とワイングラスを豪快に傾けた。

「それで、どうなの?」
 呂律が少しあやしい。こんなに酔っぱらうマリコさんは初めてだ。すでに空のボトルが転がっている。
「何がですか?」
「何がじゃなくて。リコちゃんはタカの事をどれくらい好きかって聞いてるの」
「どれくらいって……これくらいですかね」両手をいっぱいに広げてみた。
「そうじゃなくて、思いよ。強さよ」
 やっぱりかなり酔っているようだ。求められている答えがよくわからない。とりあえず思うがままに答えてみる。
「今までの私の恋愛って、空気を読み、石橋を何度も叩き、決して負け戦はしなかったんです。でも、今回ばかりは後先も考えず、告白したんです。そうせずにはいられなかったんです」
 ふと前を見れば、真剣な瞳が私を見つめている。
「本気なんだね」マリコさんは身を乗りだし、「それであきらめるの?」
 首がふわりと横に動いた。一瞬の間の後、私は力を込めて首を横に振っていた。
 マリコさんはうなずくと、身を後ろにずらし、テレビ台から何かを取り出した。
 差しだされた写真は大学の頃だろうか。高波さんとマリコさんが笑顔で写っている。そして、その間にひとりの女性の姿がある。
「7年前にタカの恋は……失われたの」
 恋が失われた?
「高波さんが失恋したってことですか?」
「……失恋……。そうだね。悲しく切ない失恋。もう♂i遠に彼の恋は」マリコさんは窓の向こうへと視線を向け「届かなくなっちゃった」
 彼女の瞳から大粒の雫がこぼれ落ち、続くようにいくつもの涙が落ちていった。

 酔いつぶれたマリコさんが横たわっている。微かな寝言が聞こえてくる。「わたしじゃ、彼を救ってあげられなかった」
 私は全てを受け止め、自分自身に問いかけた。そして――マリコさんを見つめ、気持ちを伝えるように大きくうなずいた。


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