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四島トイさん

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魔女によく効く不老不死

16/01/18 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 四島トイ 閲覧数:518

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 お酒の力を借りて言いますけどお、と後輩の栗原命が頬を染めて立ち上がった。
 右手に瓶を、左手にグラスを握りしめ、ふらつく体を仁王立ちでぐっと踏ん張る。捻った体から絞り出すような言葉は語尾が揺れた。
「小坂先輩が好きです。付き合ってください」
 結婚式当日に花嫁に言うことかよお、と別の席から声が上がる。笑い声が後を追った。
 結婚式の二次会会場となった洋食店。橙色の照明の下で、大学で同じ研究室だったかつての学友達の談笑がそこかしこで弾けていた。
 外野は黙ってください、と彼女は舌を突き出した。小柄な体型に、健康的な肌の色。丸く大きな瞳を潤ませて熱っぽく語る彼女は、私が在学していた頃のままだ。愛の告白よりも若さの秘訣は何ですかあ、という同級生達のからかいにも、魔女の秘薬の力ですから、と胸を張った。
 私は小さく唸った。
「えっと、栗原ちゃん。私はもう小坂じゃなくて新川になったのだけど」
「私の中の小坂先輩は永遠に不滅ですから」
「……付き合う、て具体的にどういうこと?」
「一緒にお買い物をしたり、お食事したり、旅行したり」
 数え歌でも口ずさむように楽しげな様子の彼女に、私はわずかに安堵する。可愛い後輩との気保養に興じることはやぶさかではない。
 それなら、と口を開こうとしたところで、彼女は宣言するようにグラスを高々と掲げた。
「力強く抱擁し合ったり、腕枕をしたり、一夜を共にしたりします」
 それは、と言葉に詰まる。
 さすが小坂先輩、と誰かが手を叩く。我が研究室一の魔性の女、と囃し立てる声が続く。新川先輩どころか後輩の魔女娘までもメロメロだ、と尾ひれが付く。
 無責任なそんな言葉の数々に私はしどろもどろになった。元来、はっきりと物を言えない己がもどかしい。気ばかり焦っていると、それは困る、という生真面目な声が響いた。
 テーブルの隅で新川先輩の熊のような巨体がのっそり立ち上がる。結婚式一日分の疲労もどこへやら、隣席の友人達は酔い潰れているというのに、彼の表情は静かな自信に満ちていた。
 新郎の物言いだ、と周囲が茶化す中で、何ですかあ新川先輩、と栗原命が管を巻く。
「いくら尊敬すべき新川先輩だって、新郎だからって、私の想いをどうにかしようたって、そうは」
「いいや。どうにかしてもらう」
 彼女の言葉を、先輩の深い声が遮った。俺も小坂遥が好きなんだから、と。
 不意を突かれた。
 一拍の間を置いて私は赤面した。
 既に自分の夫となった男の言葉に。
 テーブルのあちこちで今日一番の快哉が叫ばれた。既に相当酔いの回っている学友達が、男前の新郎に、とか、栗原ちゃんの勇気に、とか、新婦の純情さに、などと叫びながらグラスを高く掲げて、手を打ち鳴らした。
 それらを気にも留めず、新川先輩は真っ直ぐに彼女を見据えた。
「可愛い後輩とはいえ、俺の目が黒いうちは慎んでもらおうか」
 彼女の瞳が一際大きく見開かれる。条件反射のように、でも、と口が動くが言葉は続かなかった。
 しばしの後、わかりました、と俯くと、黙って私にグラスを差し出した。
「……ご結婚オメデトウゴザイマス」
「ありがとう。栗原ちゃん」
 グラスを受け取ると彼女が瓶を傾けた。深紅がグラスの中で跳ねた。口をつけ、ゆっくりと体の内へ流し込む。ぼんやりとした温かさが心地好かった。
「……恋はままなりませんね」
 顔を上げた彼女の瞳が遠くを見つめている。それを眺めて私は苦笑する。彼女が再び口を尖らせた。


 あの結婚式の夜を思い出す。
 半世紀過ぎても。
 しわくちゃのおじいさんになった新川先輩が亡くなって一年経つ今でも。
 あの夜の心地好さが私の中に生き続けている。
 洋食店の橙色の明りの下で、栗原命と向かい合って座る。小柄な体型に、健康的な肌の色。丸く大きく潤んだ瞳。可愛らしい後輩女子がちょこんと腰掛けている。
「栗原ちゃんは、変わらないね」
「小坂先輩も」
「私はもう小坂じゃなくて新川になったのだけど」
「でも、私の中の小坂先輩は永遠に不滅ですから」
 私は自分の掌を見る。まだ弛みにも節くれにもシミにですら抗え得る、時間の止まった己の体を。あのワイングラスの中の深紅が通う脈動に耳をすませる。
 小坂先輩、と彼女は口を開く。
「私と付き合ってください」
 私は顔を上げた。見回す店内に立ち上がる者は、誰もいない。はっきりと物を言えない己を恨むのは、もうやめた。ゆっくりと息を吐く。
「ごめん。私はもう小坂じゃないの。新川になったの」
 しばしの空白があって、彼女の頬をゆっくりと涙が伝った。
 私、フられたんですね、と。
 そうね、と応じる。
 彼女は顔をくしゃくしゃにした。俯いてぼろぼろと涙をこぼす。
 彼女の艶やかな髪を撫でながら、ごめんね随分待たせて、と続けると鼻の奥がツンと痛んだ。


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