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seikaさん

かつては女子中学生でした。

性別 女性
将来の夢 生まれ変わること
座右の銘 朝、一杯のコーヒー

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ガラスのわら人形

16/01/17 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 seika 閲覧数:851

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 その頃私はお堅いドイツ文学者である父戸舞賛歌から逃れるように、あるいは父に島流しにされるかのように生まれ育った家を追われ、そして東京近郊場末のA町にある古くて汚いアパート「ガラスのわら人形アパート」に見を寄せていた。このアパート時代が何か煤けたオーラに覆われていて、道よく人達は自分がこのアパートの住民になるまでは転落したくない・・・と思っていたに違いない。実際にここには背中に刺青のある顔色の悪い疲れ果てた中年男性やらどうしようもなくネクラな男性、根性のひねくれたとしか言いようがない老女やそういう人たちが住んでいた。
 私が居たのは二階の一番奥だ。そしてこのアパートの住民たちがそうであるように、私もこのアパートの住民たちと挨拶以上の付き合いはなかった。皆それぞれ事情を抱えてこのアパートに来ている。だから知られたくない過去というものを穿り返されたくないのだ。
 そんな私も一年に二、三回ぐらいは郷里の水脳市へと帰ることがある。そんなときは決まって父戸舞賛歌から
「おい、湊廣策がこれこれこういう高級ワインを飲みたがっているからそれを買って来い。」
という電話があるときだけだ。それが当時のわたしに与えられた精一杯の栄誉だった。有名なドイツ文学者戸舞賛歌に反発した私はもはや戸舞賛歌の邸宅にいることは許されない。それは父に見送られた家から巣立ったことではなかった。ドイツ文学者戸舞賛歌は自分の名声に傷が付くことを恐れて私という不貞の娘がいることを隠し通していたのだ。だから私は実家から離れても父戸舞賛歌に支配束縛監視され、父戸舞賛歌の知らないところで誰かと接点を持つことは許されなかったのである。
 一報この場末の町でも駅ビルの書店に行けば「西洋史への招待シリーズ」「モーツァルトシリーズ」という父の著書が並んでいる。この町の公立図書館に行けば戸舞賛歌のコーナーがあるぐらいだ。私は立派なドイツ文学者戸舞賛歌という名声のためにまったく犠牲になっていたのである。

 そんなある日、父戸舞賛歌がこの世を去った。久しぶりで家に帰ってみると家は湊廣策がまるで自分の家にように支配して
「あ、ここをこれから『教養の城、知識の御殿にしますから。』」
なんぞといっている傍ら、私には
「なんだ今更ノコノコと身内ヅラして戻ってきやがって。おまえはここ出て東京にいっただろう。」という態度だ。そして父が他界して9日目、ついに湊廣策は私に遺族としての権利を自分に譲渡したことに同意しろと迫ってきた。そして私をまったくの寒空の下に投げでしてしまった。湊廣策に家を追い出された私は煌々と輝くオリオン座を見て運命の残酷とに言葉を失ったものだ。そして私は命を掛けてでも何かを守りぬかなければならないと決意した。それは湊廣策を殺害することをもいとわないという意味でもあった。私と湊廣策との間に何度か緊迫した場面があり、私が湊廣策に包丁を突きつけたこともあった。

 そしてそれからほぼ二年後、湊廣策が誰にも行き先を告げずにこの水脳市を去ったという話を聞いた。家から徒歩十分のところにある湊廣策家にはまったく別な家族たちが暮らしていた。それを見て私はほっとした。そして帰宅後、かつて私が立ち入ることの出来なかった父戸舞賛歌の書斎を片付けた。しかし未だ背後に湊廣策が立っていて
「おい、勝手にいじるな。」
といわれそうな気がしてならなかった。

こうしてようやく普通の生活に戻ることが出来た。ドイツ文学者戸舞賛歌が書いた「西洋史への招待」シリーズや「モーツァルト」シリーズはそこそこ売れた。父の読書も時折尋ねてくる。

 そして今、かつて私が見を寄せていた東京都場末区場末町にあるガラスのわら人形アパートはもうない。再開発でマンションが建ったらしい。


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