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ネコさんさん

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咲都子

16/01/17 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 ネコさん 閲覧数:588

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 私は、個人投資家という、収入が不安定な職種を生業としていた。
 複数のパソコン画面を睨みながら、株価の変動を予測して投資するというもので、翌月の収入どころか、明日の収入さえも見込めないという生活を送っていた。
 こんな私に付き合ってくれるような女性などありそうもなかったが、それでも、咲都子は、私を信じて、ついてきてくれた。
 それは盲目的な母性愛に近いものだったのかもしれない。
 咲都子に、私を見つめる一途な視線を常に感じていた。
 また、彼女の判断は、私を基準としているようで、彼女の世界が私を中心にして動いているかのようであった。
 年収がどうのこうの、身長がどうのこうのなど、他の女性にみられるような計算づくなところは、彼女には微塵も感じられなかった。
 咲都子とは、小学校以来からの幼馴染で、色白でそばかすが少し目立ったが、美人な部類であった。
 そのころから、将来、私と結ばれるものだと思い決めていたに違いなかった。
 「あんないい娘はいないよ。」知人からよくそう言われて、羨ましがられたものであった。
 投資からの収入も、徐々に安定してきたところで、私は、咲都子との結婚を具体的に考えるようになっていた。
 安定した家庭を築きたいという思いもあったが、正式に結婚して、適齢期に差し掛かった咲都子の不安を幾ばかりでも解消してやろうという思いからであった。

 そんな私を、ある日、突然、チャイナショックが襲った。
 中国経済の先行きに対する警戒感から、中国の株式市場が急落し、それが、世界同時株安に繋がったのだ。
 ファンダメンタルズ分析から、いつかは正常に戻るだろうという私の楽観的な期待から、資金を次々投入し、それでも株価は下がり続け、とうとう、投資資金を枯渇させてしまっていた。
 私は、破たん寸前に追い込まれてしまった。
 そのような状況に追い込まれた私にとって、昨日まで、私に充実感を与えていた咲都子の視線が逆に苦しいものに変貌していた。
 投資のことしか知らない私に、咲都子を幸福にできる能力があるだろうかと、自問自答し、遂には自虐的な気分に襲われた。
 咲都子に真相を語れば、一緒に頑張ろうと言うのに違いなかった。
 しかし、それは咲都子にとって、本当に幸福なことなのだろうか。
 私は、数日間、苦悩した挙句、遂に一つの結論に達したのだった。
 私は、思い切って、他に好きな女が出来たと偽りを言って、咲都子との別れを切り出した。
 それを聞くと、咲都子は、一瞬信じられないという表情をした後で、俄かに美しい瞳に涙を溢れさせて、泣き崩れて、嗚咽したが、私は非情にも、咲都子に行き先も告げずに、去ってしまっていた。
 咲都子は、私をではなく、自分の至らなさを責めているようで、その姿が、私の心の苦しみを一層強くしたのだった。

 数年後、私は、チャイナショックから立ち直り、ようやく、以前ほどの安定した収入を得ることができるようになっていた。
 経済的な安定を得た私は、いつしか気付くと、咲都子と過ごした街に舞い戻っていた。
 そして、それとなく、近所の者に、咲都子のその後を尋ねてみた。
 やはり、覚悟はしていたが、咲都子は普通のサラリーマンと結婚して、普通の家庭を築いているということであった。
 私は、内なるショックを隠しきれなかった。
 もしかしたらという思いは片隅に抱いていたからだった。
 私は、よろよろと力ない足取りで、教えられた咲都子の家に歩みを進めていた。
 咲都子の家は、小さくはあったが、瀟洒な明るいパステル調で、そう広くない庭では、兄と妹と見られる二人の幼い子供が玉遊びに興じているのが見受けられた。
 そして、私は、次の瞬間、はっとしたのだった。
 咲都子が、子供たちを呼ぶ声が聞こえ、程なく、数年ぶりに咲都子の姿を垣間見ることができたからだ。
 私は、久しぶりに、咲都子の澄んだ朗らかな声を聞き、遠見でも、咲都子が幸福に包まれているのを実感することができた。
 咲都子は、もう別な人生を歩んでいるのだ。
私との幸福な家庭を思い描いていた夢が破れても、立ち直り、そして元通りの夢を実現したのだ。
 そう確認して、私は、咲都子の家を離れた。

 恋とは奪うこと、愛とは与えること、と人はいう。
私は、恋を失ってしまったのだが、しかし、その代わりに私は咲都子に幸福という愛を与えることができたのかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、もう来ることはないだろうと、咲都子と過ごした街を後にしたのだった。


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