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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
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僕の胸に開いた穴

16/01/15 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:3件 高橋螢参郎 閲覧数:1465

時空モノガタリからの選評

テンポよく軽快で読みやすく、ほろりとさせられるお話ですね。シュールな設定にもかかわらず、違和感をかんじさせず、うまくストーリーとしてまとめていると思いました。先輩と後輩という関係にも関わらず、密着せざるを得ないシチュエーションが「穴」の存在を介して無理なく作り出され、二人の当惑とドキドキ感とが伝わってきました。
それにしても「辛いことや哀しいことがあった時に比喩でも何でもなく」実際に開いてしまう穴を持つ体質とは、なんともやっかいですね。感情は、時に別人格のように自分の制御できないもののように感じられることもありますが、主人公の胸に開いた「穴」は、そうした自らの努力で制御不能な感情をうまく具象化していると思います。
 と同時に「この穴のことは僕自身ですらよくわかっていなかった。少なくとも外から底は見えないし、手をいれてどうなっているか確認してみようなんて一度たりとも思った事はなかった」とあるように、「穴」は、主人公が自分の心の痛みを自分の意識から無意識に分離していることを表しているようにも思えます。その結果、彼の意識とは独立した別個の存在として、彼自身と「穴」とが共存するに到ったのでは、とも思えました。そう考えると、今回の受賞作の「さよなら親指」「顔で笑って心で泣ければ苦労はないから泣かせてよ」とは反対のベクトルが働いている作品であるのではないかと考えました。つまり二作品が、心の痛みを自覚しつつその感情を客観視し、相対化しようと試みる方向性なのに対し、この作品は出発地点がはじめからそれらを相対化した地点であり、次にそこからいかに自分の感情と向き合い、「穴」の底を探っていくのかという方向性の作品なのではないか、と思えました(高橋蛍参郎さんの意図とはもしかして違うかもしれませんが)。ラストシーンの薬指よる痛みを感じるシーンも、それを暗示しているかのようにも思えます。その先にあるものも読んでみたくなる作品でした。

時空モノガタリK

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「え、ちょっ、うそ……」
「どうしました?」
「手、抜けないんだけど」
 松岡先輩の右手首から先は、僕の胸に開いた穴へすっぽりと吸い込まれたまま一向に出てこなかった。
 胸にぽっかりと穴が開いた、なんて随分詩的な表現だと思われるだろうけど、僕の場合は違った。辛いことや哀しいことがあった時に比喩でも何でもなく、胸に穴が開いてしまうのだ。今もみぞおちの辺りがひゅっと引っ込んで、暗闇がぽっかりと口を開けていた。
 貫通していないから穴というよりかは窪みとした方が正解かも知れないけど、そう言うにはちょっと深過ぎた。それこそ先輩の小さな握りこぶしくらいならこうして飲み込んでしまうほどの容積はある。本当だったら心臓や肺やら大切なものが入っている位置だから、自分でも軽々しく触れるのは何だか怖かった。
 でも、先輩がどうしても見たいって言うから。
 僕は自室のベッドに半裸で横たわって、為されるがままに、先輩が穴と格闘している様子をただじっと眺めていた。我が事ながら、ちっとも現実感のない光景だった。
「……あのさ、これって、抜けないように意地悪とかしてないよね?」
「してないですよ」
 この穴のことは僕自身ですらよくわかっていなかった。
 少なくとも外から底は見えないし、手を入れてどうなっているか確認してみようなんて一度たりとも思った事はなかった。幸いにも胸の穴以外は産まれてこの方一度も医者にかかる必要がなかったほど健康そのものなのだから、むやみにあれこれ調べるのも正直やぶへびだろう。それにもしこの事が世間にバレたら、珍しい症例のサンプルとして僕は解剖されてしまうかもしれない。
 とはいえ、服さえ着てしまえば普通の人間と何も変わらないのだけど。この秘密を知っているのはこれまで、家族だけだった。
 散々穴のへりをぐりぐりと広げる勢いでいじっておいてから、先輩ははっと思い出したように僕の顔を見て言った。
「神谷くん、大丈夫? 痛かったら言ってよ?」
 僕は黙って首を振った。
 もうどうなったっていい。
 最悪、命を落としたって構わない。
 そんな覚悟で松岡先輩を部屋に入れたのに、現実はどこまでも情けなかった。穴はただひたすらに、彼女を繋ぎ留めたがっていた。
「……うーん、やっぱ無理そうなんだけど。どうしよ」
「どうしましょうね」
「そんな他人事みたいにさー……」
 君の穴でしょ。と、先輩は最後に小さく付け加えた。
「……先輩、今日時間は大丈夫ですか」
「とりあえずバイトないのが唯一の救いだけど」
「この穴のこと相談できるのは親しかいないんで、ちょっと付き合ってもらえますか。……その、実家まで、一緒に」
「えっ、確かS県だったよね?」
「すぐ隣の県ですよ。H市だから、結構こちら寄りですし」
「確かにそうだけど……今から行って帰ってくるの?」
「今ならまだ大丈夫じゃないですか。午後が休講で助かりましたね」
「えー……」
 壁に掛けられた時計を見て逡巡する先輩に「このままここにいるよりはマシだと思いますよ」とだけ言って、僕は一言断ってから身を起こし、ベッドの上へ敷いてあったネルシャツにそそくさと袖を通した。
 先輩、すみません。でもこれは、あなたが開けた穴なんです。

 僕と先輩は繋がったままぎこちなく最寄りの駅まで歩き、電車に乗った。
 あれこれ思案した結果先輩に僕の背中へ回ってもらい、ほぼ密着した状態で歩くのがまだ一番マシだという結論に達した。
 一番マシと言っても、それは手首にかかる負担についてのみの話だ。傍目からは先輩が人目も憚らず後ろからただ抱き付いているようにしか見えず、僕らは明らかに周りの乗客から白眼視されていた。
「……しにたい」
 先輩はよほど恥ずかしかったのか、僕の背中に顔を完全に埋めていた。
 僕はすっかり赤くなった先輩の顔を想像しながら、肩越しに話しかけた。
「彼氏さんとはこういう事、しないんですか」
「するわけないやん。こんな公衆の面前で。手かてよう繋がれへんのに」
 サークル内での噂にしか聞いた事のなかった先輩の大阪弁を直に聞いた瞬間、僕は心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような気がした。
「神谷くんだって不便やろ? こんなん」
「僕は、別にいいですけど」
 顔を見たままでは、多分一生言えなかったと思う。
 電車の音にかき消されてしまわぬよう、僕はゆっくりと続けた。
「僕はずっとこのままでも、いいですけど」
「神谷くん」
 音叉のように震え続ける僕を、先輩は優しく抱き締めてくれた。
「ありがとうな」
「はい」
「でも、そういうわけにはいかんねん」
「はい」
「ごめんな」
「はい……」
 僕は嘘をついていた。本当は、さっきから胸の穴がずっと痛かった。
 先輩の薬指にはめられた指輪が、僕の一番やわらかい部分にずっと当たり続けていたから。


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このストーリーに関するコメント

16/01/16 クナリ

不可思議な状況なのに、展開して行く心情は切なくも共感できるもので、印象的な作品でした。
最後に先輩が主人公の想いに誠実であってくれたこと、不条理な穴の存在が放置されずに最後にしっかりとストーリーを締めていること。
とても読み味の良い掌編でした。

16/01/17 ヤマザキ

拝読しました。
シュールな前半部とシリアスな後半が無理なく一つにまとまっていて、短編とは思えないほどの読み応えがありました。
大変面白かったです。

16/02/02 高橋螢参郎

コメントありがとうございます。

>クナリ様
書き終わってから先輩が指輪も外さず人の身体に手ェ突っ込んでたのに気付いて「あれ、ヒドくね?」などと思っておりましたが、まあそこまでしても外せなかったんだよー、という事にしました。たった今。

>ヤマザキ様
ありがとうございます。何かでもこういう路線って誰かの(誰だろ、伊藤計画先生の『セカイ、蛮族、ぼく』とか....?)影響をモロに受け過ぎててちょっと気にかかるところではあるのですが、まあたまにはいいかな、って感じでした。

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