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農民さん

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縁は繋げるもの

12/08/18 コンテスト(テーマ):第十二回 時空モノガタリ文学賞【 オリンピック 】 コメント:0件 農民 閲覧数:1417

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 オリンピックとは毎年、もとい四年おきに行われている。歴史は古い。初めて行われたのは古代ギリシャにおいてであり、近代オリンピックとして生まれ変わったのもギリシャの地においてである。古代から選手たちはその鍛錬の成果を見せつけるべく力を最大限発揮する。
 その程度のことしか、俺は知らない。関係が、無い。どうして知ろうと思うのか。仮に毎年行われたとしてもそれをどう受け止めたらいいのか。
 努力の成果なんて発揮できるのは限られた人間だけだ。何者かによって与えられた、そしてそれに驕らず努力を重ねた、そして然るべき時に挑戦と挫折を適切に繰り返せた人間だけだ。
 そのことを俺は知っている。だから、分不相応な望みはしない。そのように何もかも満ち足りた環境から飛び立った人間から学ぶことなど何もないとしか思えないのだ。持つべきものを持ち、それゆえに逆境を実力で乗り越えられた人間から、何もない人間がどんなエネルギーを受け取ってどう生きたらいいというのか。
 だから、この日本で何十年か振りに行われたというオリンピックに対しても、特別な感情を呼び起こされることもなければ、それを高い純度のままに受取るために試合を見に行こうとすることもない。普段通りに自宅の一室で一人晩酌をする。冷めた目で選手たちの試合を観戦する。
もちろん、俺だって人間だから自国の選手が出ていたら応援だってするし、その結果に一喜一憂だってする。しかし、そのことは明日の世間話の種となり、酒の肴となり、数多のニュースと新聞の特集となり、それで、自分の中には何も残らず終わってしまう。
 いうなれば、縁がないのだ。

 その日、その競技を何故観られたのかは分からない。普段通りの生活によってたまたまできた暇をつぶすためであったなら、それは必然であったともいえよう。休みの日の出勤の埋め合わせで与えられた休みにだらだらと観ていたなら、それは運命であったとも、巡りあわせであったともいえよう。しかし、その体験は偶然に訪れた。要因は何もなく、人事担当の俺がたまたま外に出る機会ができて、たまたま電気街の近くを通り、たまたま中継中の競技を観てしまった。
 そのときやっていたのはケイリンの、チームスプリントだった。室内でおこなわれる自転車競技であり、トラックを三人一組に漕いで、一週ごとに走る人数を減らしながら最後の一人がゴールにたどり着くタイムを競う。イギリス、ドイツなどの欧州諸国が強豪国として知られている。
 その時の俺はやはり薄っぺらな知識しか持ち合わせてはいなかったが、いつものように知識の薄さを自嘲しようとする思考が、その時は働かなかった。肝心の内容も頭からは消し飛び、食い入るように一人の、選手ではなく、そのサポートをする若い男の姿を追っていた。
 そこにいるはずのない人間がいることに、不信にも似た戸惑いが湧き上がった。


 その日の後の仕事については、あまり覚えていない。とにかく早く家に帰って、この疑問を解消しようとしていた。
 確かな才能が有り、それを本人を含めた誰もが認識していた。その陸上の力でもって大学でも名を馳せる中距離走者になると思っていた。選ばれた人間なのだと。
 その頃から冷めていた俺とは対照的にスポットライトの中心に立っていたのに、なぜ今はまるで役割の違う補助役に徹することができているのか、どうしても理解できなかった。 
 原因はおそらく怪我だった。ある年を境に上位入賞をしなくなり、シーズンベストの記録はなくなっていた。詳しい話を聞くことはできそうになく、推測の域を出ないのだが。
「俺だって案外大変なんだよ?」
 そうやって不満げなあいつの愚痴を、今思えば聞き流していた。優秀であるが故の悩みだと。
 どうして陸上の中距離走から自転車競技に転身したのか。自転車の選手としてではなく、その選手のマネージャの一人となっているのか。
 どうして俺は、「案外」の中身を、その向こうの苦悩を聞き出そうとしなかったのか。
 推測でしかない思考は、クーラーの効いた部屋の中で快調に空回りをしていた。くるくるくるくる、何故という思いは尽きることがなかった。
 ひょっとして、縁があってもそれを切らないことは相当に大変だったのか、とふと思いついた。持っているものを光らせる、そして維持するのは自分が思っているよりも大変だったのではないか。そしてそのエネルギーが、他のスポーツへのサポート役であっても転身させてくれたのでは。
 聞きたい。

 すぐに確認はできなかった。まだこの祭典は続き、彼はそのスポットライトの中にいる。しかし、この後であろうとも、選択に立ち会わなかった人間にその過程を訊いてもいいのか、逡巡する。
 今日も一人で晩酌をする。好みに合っていたはずのその焼酎を、これまでのように味わえることはない。


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