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Fujikiさん

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暴動の街の子どもたち

16/01/03 コンテスト(テーマ):第九十八回 時空モノガタリ文学賞 【 革命 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:750

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 エリカのふるさとは、かつて暴動の起こった街である。
 彼女の生まれるずっと前の、クリスマスも近い師走のある夜、圧政に耐えかねた人々は軍人の歓楽街として知られるこの街で路肩に並ぶ自動車を次々とひっくり返して火を放った。通りは明け方まで煌々と輝き、火炎びんに詰められたガソリンの臭いと機動隊が群衆の鎮圧に用いた催涙ガスが至る所に立ち込めた。死人こそ出なかったものの武装蜂起まで一歩手前のぎりぎりの状況だったと、兄のエリックは隠れて酒を飲むたびにまるで見てきたように語ったものだ。彼も当時は生まれてすらいなかったのに。
 ブソーホーキ、ため息と同じく呼気がそっと口の中を通り抜けていくその言葉は甘美な秘密のようにエリカを魅了する。記録から抹消され、公の場で口に出すだけで目をつけられかねないその暴動は、押し殺したささやきによってのみ語り継がれてきた。エリカもエリックも幼いころから革命戦士になるための訓練と思想教育を受けており、革命の実現のために命を捨てる覚悟はできていた。公立学校でいじめを受けてきた混血児の二人にとっては、地下組織が唯一の居場所である。そこで彼らは暴動の歴史を学び、迫害と構造的差別に打ち勝つには暴力革命を達成する他にないと教えられてきた。
 ある日、教育係の大城さんが十代のトレイニーを集めて言った。
「一ヶ月後に軍の総司令部を叩くことになった。もちろん警備は堅いが、諸君のこれまでの研鑚の成果を見せてほしい」
 十数名の子どもたちは初めて与えられた任務にニキビ顔を紅潮させ、武者震いする。だが、エリックの表情に一瞬だけ曇りがよぎったのをエリカは見逃さなかった。
 計画は、特別なルートで入手した総司令部の見取り図に基づいて建物の電源を落とし、ガソリンを撒いて火をつけるというものだった。建物に侵入するには深夜の闇に身を隠して軍用犬に毒を盛り、警備員や夜勤職員の喉を切り裂かなければならない。リスクの高い任務であり、生きて捕まった場合のために青酸入りのカプセルが一人一人に配布された。
 体制側に一泡吹かせることへの期待に目を輝かせ、死の恐怖を打ち消すかのように大声ではしゃぎ続ける他のトレイニーたちから離れ、エリックは部屋の窓際で毎日の習慣であるベンチプレスを始めた。エリカは彼のそばに腰を下ろして訊ねた。
「ついに任務がやって来たんだよ。なんでもっと喜ばない? 何か不安でもあるの?」
 エリックは目を閉じ、静かに首を振った。
「死ぬのが怖くなった?」
「そうじゃない。自分の命が惜しいと思ったことはない。ただ――」
「ただ、何?」
「――エリカ、お前恋をしたことはあるか?」
 不意の問いかけにエリカは動揺した。以前通っていた中学校で同じクラスにいた男子の顔が頭に浮かんだ。ある日、彼の横顔をスケッチしていたノートをクラスメイトに奪い取られ、すぐさま回し読みにされた。
「えー、キモい! 近づかんけー!」自分を描いたスケッチを見た彼はそう言ってエリカを突き飛ばし、他の男子を呼び集めて彼女の褐色の肌や厚い唇、縮れ毛の髪を笑った。
「あるわけないし、そんなの。革命のことだけ考えよう」と、エリカは兄に答えた。一応エリックは頷いたものの、翌日彼が姿を消した時エリカに驚きはなかった。
 組織がエリックを見つけたのは二週間後のことだった。総司令部で清掃員として働く女のアパートに匿われていたという。トレイニーが再び集められた時、部屋の中央に置かれた椅子に座らされていた彼は既に顔じゅうを殴られていた。
 エリカは、トレイニーの一人にアイスピックを手渡された。
「さあ、これを使ってこの反動分子を総括しなさい。見事やり遂げれば、君も一人前の革命戦士だ」と、大城さんが言った。エリックは何も言わず、エリカをまっすぐ見つめている。後悔や怯えの色は見えない。
 震える両手にきつく握りしめられるやいなや、アイスピックは意志を持った生き物のように高々と躍り上がった。眼光を放つ瞳が潰れた。赤黒く腫れ上がった頬が裂けた。折れ曲がった鼻に穴が開いた。ゆっくりと差し伸べられた彼の手が貫かれた。骨が砕け、指先がちぎれ落ちた。
 我に返ると、エリカは祈るように固く組み合わせた両拳を動かなくなった体に叩きつけていた。そっと手を広げると、根元で折れたアイスピックの木製の柄が転がり落ちた。両手も洋服も鮮やかな赤に染まり、いつの間にか剥がれ落ちた自分の爪からも出血していた。
 エリカは手渡されたタオルを受け取ることなく、両手を見つめながら隅に置かれたトレーニング用のベンチに力なく腰かけた。タオルでいくら拭っても意味はない。何をしても手の汚れを落とすことは二度とできないことをエリカは知っていた。窓から見える昼下がりの街並みは閑散として時間が止まったかのようだった。普段どおりの澄んだ空が広がっていた。


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このストーリーに関するコメント

16/01/21 光石七

拝読しました。
こういう境遇の子供たちが世界には実在すると思うと、胸が痛みます。
教え込まれた思想のみが正義、でも我に帰ったエリカの姿に、まだ大切なものを完全には失っていないことも感じられ、赤い血と青い空がこちらの心にも染み渡るようでした。
素敵なお話をありがとうございます。

16/01/21 Fujiki

光石さま、コメントありがとうございます!
若い人が大きな声や世の中の雰囲気に煽動されて、正義の名の下で人を殺せと命じられるのはとても悲しいことだと思います。殺人や暴力がなくならない世界に対して物語ができることは何だろうと考えずにはいられません。

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