1. トップページ
  2. 君憶喪失

浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
将来の夢  
座右の銘  

投稿済みの作品

0

君憶喪失

15/12/27 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:816

この作品を評価する

 ーー居眠り運転の乗用車が突っ込んでくる。
 僕は車体の上を転がり、アスファルトに頭を打ち付け、病院へと運ばれた。

 目を覚ました僕の瞳に、両親の安堵を浮かべた表情が映る。幸い骨も折れていないようだし、後遺症も残らない程度の怪我だった。結構、派手に轢かれたと思ったのに。

 警察から事故当時の状況を詳しく聞かれ、僕はそれに応じる。
 祖父や祖母、親戚や大学の友人たちも、代わる代わるお見舞いに訪れてくれた。こんな形で人生の主役を迎えてしまうのは、なんだか勿体ない気がするな。貴重な一回分を使ってしまったみたいで。

 人の出入りがピークを過ぎると途端に退屈になる。心は元気なのに体が追いつかないのは、とてももどかしい。
「古井。大丈夫?」病室の入り口に姿を見せたのは、茶髪のセミロングで、肌が白くて目の大きい、可愛らしい女の子。ベージュのダッフルコートが、彼女の身長の小ささと顔つきの幼さを際立たせる。「無事でなによりだよ、本当に」
 それが当たり前だとでもいうように、彼女は僕の心配をしてくれる。でも……。
「あの、失礼かもしれないですけど」
「なに?」
「……どちらさまですか?」
 親しげに話しかけてくる彼女のことを、僕は知らない。
「ちょっと古井、ふざけないでよ。笑えない」
「ごめんなさい。僕は、あなたのことがわからないんです」
「いっぱい遊んだじゃん! ほら、鈴木花苗だよ」
 彼女の顔が、鼻と鼻がくっつきそうなところまで近づく。その表情があまりにも真剣で、胸の鼓動が強くなる。
「やっぱり、ごめんなさい」と口をついた瞬間、すぐに僕は後悔した。これは謝罪というより、あまりにも一方的な……。
「古井は私と一緒にいるのがうんざりで、だから忘れちゃったのかな?」
 そう言って彼女は一筋の涙を零し、病室を出て行った。

「あのさ僕、鈴木花苗って子と仲良かった?」
 二度目のお見舞いに来てくれた早下へ、単刀直入に聞いてみる。
「はぁ? なに言ってんの」
「さっき彼女が来てくれたんだけど、誰だか思い出せなくて」
「お前、花苗のこと好きって言ってたじゃん。それなのに、なかなか告らなくてさ……って、悪い冗談だろ?」
「冗談なんかじゃないよ」
「うーん……お前さ、自分の手帳見た?」
「ん?」僕は事故当日に所持していた鞄から手帳を取り出し、中を開く。カレンダー部分にプリクラが何枚か貼ってあって、そこには僕と鈴木花苗の二人が写っている。
「そんだけいつも一緒にいて、仲良かったのに……記憶喪失かよ」
 早下にそんなつもりはないんだろうけど、その口調は怒気を孕んでいるような気がして、僕は心が痛む。

 事故の衝撃とはいえ、こんなピンポイントで、人ひとりのことだけ丸まま忘れるなんて、医学的にありえるのだろうか。いや、もしかしたら他にも忘れていることは多々あって、なんて思い返してみるけど。お見舞いに来てくれた近しい皆のことはすべて覚えていた。鈴木花苗以外。

 僕は車に轢かれた瞬間、恋心を落っことしてしまったのだろうか。今もまだそこに落ちているというのなら、すぐにでも拾いに行きたいけど。
 どのみち彼女はもう、この病室に来ることはないだろう。失ったものは簡単には取り戻せない。
 あなた誰ですか?なんてひどいこと言われて、それでもめげない奴なんて、

「お邪魔しまーす」ここにいた。鈴木花苗は翌日も僕のベッドの横に椅子を置く。「なんか昨日はごめんね。変な空気のまま帰っちゃって」
「いや、僕が全部悪いんだ。でも多分、この記憶喪失みたいなのも一時的なものだと思うからさ」根拠なんてないのに、焦りからかその場しのぎのことを言ってしまう。それでも花苗はーー。
「気にしなくていいよ。思い出してもらうために、勝手にベラベラ喋るから」そう言ってコートを脱ぎ「覚悟しといてよ」と意地悪めいた顔で笑う。
 僕は今、彼女のことをわからないけど。そのポジティブさと、コロコロ変わる表情と「覚悟しといてよ」がすごく良いな、と思う。
「なんでさ、そんな、僕に良くしようとするの? 大事な友だちのこと忘れるなんて、最低にも程があるっていうか」
 僕が慎重に言葉を選んでいると、
「あの後、色々考えたんだけど」
「うん」
「私のこと忘れたって、やっぱ古井は古井なんだよね」

 僕は僕、か。
 いま僕は、彼女のことがわからない。
 でも、自分のことはわかる。

 もう一度、僕が心の底から花苗のことを好きになったらいいのに、と思う。
 二度も僕の心を揺さぶろうとする女の子と出会えたのは、多分車に轢かれるよりも確率が低いことで。
 何度僕が落としものをしても、彼女ならそれを拾ってきてくれる気がしてならない。

 そんなラッキーって、他にないと思うんだ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン