1. トップページ
  2. 池袋コメットハンター

冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

投稿済みの作品

0

池袋コメットハンター

15/12/24 コンテスト(テーマ):第七十回 【 自由投稿スペース 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:1084

この作品を評価する

 ここは、その昔巣鴨プリズンという戦犯の収容所だったそうだ。
 東条英機を始め、多くの戦犯たちが処刑された跡地は、その後再開発され一大複合施設となった。
 池袋サンシャインシティ。
 冬休みに入ったばかりのクリスマスイブ、サンシャイン水族館はカップルと親子連れで満員御礼だった。
 あたしが見目麗しくスライスされた日常に怖気づき、薄暗い館内の隅っこに立って、ライトアップされた大水槽を見ていると、細長いタカサゴの群れが一面に広がって、まるで舞台を見ているかのようだった。
 この場所で、あたしは……。
 何を思えばいいんだろう?
 そんな事ばかり考えてるから、中学校の三者面談で容赦なく「みんなから浮いてる」なんて言われるんだろうな。先生は勉強しろというけれど、学校の勉強以外の事をしたら途端に不機嫌になるんだから。先生の喋っているその人、出来たばっかりのママハハだってこと位、空気読んで欲しい。
 そんな時誰かの手が肩に触れる。


「ミャー、お待たせっ!」
 振り向いたあたしの頬に、指が当たる。
 そのままぷにっぷにっと、頬をつつく。
 ……あ。
「何暗い顔してんの?」
 あたしは脱力した。
 人差し指をくるくる回転させて、彗星の尾っぽみたいなツインテールを揺らし、スバルはうんうんと頷く。
「私がいなかったから寂しかったんだね」
「トイレに行ってただけでしょ?」
「だって、一緒に遊ぶのは2か月ぶりだし」
 スバルはあたしの手を引っ張って、人ごみの中に突っ込んでゆく。
「ちょっと」
 人様の日常に割り込むなんて。
 イエス様、この子ちょっと図々しくありませんか?
 けれど後先考えない、好奇心という引力があたしを惹きつける。
 約一名の親友、スバルはそんな子だ。1年ほど前、渋谷で初めて出会った時もそうだった。いつもあたしの先にいて、まばゆく瞬いている。
 ……そんなこと、恥かしくて言わないけれど。
「ほら。ここ」
 あたしたちは丁度ぽっかり空いた席に座った。お互いの顔も暗くて見えないけれど、あたしたちは手を繋いだまま、ショーの始まりを待った。


 アナウンスと共に水槽の中に、アクアラングを装着したサンタとトナカイが現れ、魚群が形を変えた。餌をもらえる事を知っているのだろう、随分と人懐っこい。
「この甘エビをあげます!」
 サンタにまとわりつくマダラトビエイが、それだけでは足りぬようまだまとわりついている。小松菜を食べる魚がいるのも驚きだった。岩陰に隠れていた魚たちも引き寄せられ、にわかに水槽の中が賑やかになる。黄色いボディに黒い筋の入ったヒフキアイゴが目の前で舞い踊ると、浦島太郎にでもなったように、あたしは華やかな気分になる。
 本当のママが男を作って出て行った時から、あたしは日常なんてうんざりしてた。だから記憶にインプットされる数々の出来事は、たいてい非日常であり、裏を返せば現実逃避なのだ。
 人なんてどうでもいいや。
 スバルと会うまではそんなふうに思っていた。
 サンタは水槽の主であるトラフザメと戯れ、スバルは「いいなぁ」と口惜しげに厚さ13pのアクリルガラス越しに眺めている。彼女の際だって少女めいた容姿に反して、まるで子供だ。
 でもラストの、タカサゴの群れがサンタを一斉に取り囲む「タカサゴツリー」はちょっと壮観で、あたしも声を上げた。芸を仕込んだわけでなく、生態をありのままに見られる仕掛けが面白い。
「いいでしょ、でしょ?」
 すごくスバルは嬉しそうだ。
 彼女といると、日頃の憂鬱はわけもなく消える。
 それだけで、ちょっとしたクリスマスプレゼントだった。


 あたしたちはカフェで遅めのランチを食べた。食後のスバルのコーヒーは角砂糖3個って覚えておく。
 セットのケーキが運ばれてきて、あたしはチーズケーキ、スバルの前にはモンブランが置かれる。
「いただきます!」
 改めて言うと、あたしたちはクリスマスらしい飾りのついたケーキを食べ始めた。お互いに味見をしてみると、どちらも結構濃厚な味わいのケーキだったけれど、きめの細かい生地で旨みが口いっぱいに広がると充実した気持ちになる。
「うち、両親が夜のお店やってるじゃない?だから、家でクリスマスパーティーなんて一度もしたことないんだよね。飾りつけは手伝うんだけど」
 スバルは言う。
「小さい時は、ツリーの飾りをこっそりポケットに入れて持ち帰ってね。部屋に飾ったりしてた」
「一人で留守番?」
「うん。それでね、朝起きたらプレゼントの箱が置いてあったりするんだけど、保証書に近くの家電屋のハンコが押してあったりして」
 アイスティーに入ったレモンを潰しながら、あたしはストローで混ぜる。シロップはなし。
「あたしなんか、サンタからの手紙の消印が町内だったんだよ」
「あるあるだねぇ」
「うん、あるある」
 そうして、あたしたちは水族館で撮った写真を、スマートフォンのLINEで共有しながら、一枚一枚確認した。
「ミャー、かわいい!」
 水槽に入ったツリーをバックにしたあたしたちは、確かに良い顔で撮れている。
 そうは言ってくれても、あたしには他に見せる相手もないので、ずっとしまわれたままになるだろうけど、それが急に惜しく思えた。
 浮いたあたしがぎりぎりリアルで他人と繋がってるって、結構凄い。
 そうだ。よくやったで賞として、スバルと二人で撮ってもらったこの写真は、額に入れて飾ろう。 
「それにしても『満天』の雲シート、よく予約取れたね」
「そうそう、メインイベントだよ!取れてなかったら私、今日池袋に来るテンションじゃなかったわ、うん」
 スバルはくるくると髪の裾を指で回す。これは自慢する時の彼女の癖。
 12月の初めにリニューアルオープンしたばかりの、『コニカミノルタプラネタリウム満天』には、新しくふわふわソファの雲シートと、寝転がって仰ぐ芝シートが出来た。
 そんなわけで、冬休みにどこで遊ぶかという話になって、もちろん二人の意見は一致した。投映機は約40万個の星々を映し出すという、最新鋭インフィニウム シグマ。これを見に行かない手はない。
「でも、サンシャイン60の展望台、リニューアルオープンは春だって」
 これは残念だ。今日この日に、都内一の高さを誇る展望台から、東京の空と街を一望出来たら素敵なことだろうけど、それはまたの機会に取っておこう。
 水族館も一度リニューアルしているけれど、開業当時東洋一の高さを誇ったサンシャイン60も、40年近くが経ち、そういう時期を迎えているのだろう。昔パパとママと登った時は、こんな境遇になるなんて考えてなかったけど、あたしたち家族、メンテナンスが足りなかったんだろうなと思う。
 いけない、スバルと楽しまなきゃ。
「はやぶさ2、ついに地球スイングバイしたね。あたし感動したよ」
「いざ小惑星リュウグウへ。戻るのは2020年か、遠いなぁ」
「ふたご座流星群も終わったし、何か気が抜けたね」
「そう思って……こんなものを持って来たんだ」
 スバルが鞄から取り出したのは、天体の雑誌だった。
「これ、ひょっとしてメシエ天体の本?」
「Yes」
 フランスの天文学者シャルル・メシエは生涯に多くの彗星を発見し、王はメシエを「彗星の狩人」と呼んだ。今もアマチュア天文家の憧れ、コメットハンターの先駆者的存在だ。
 けれど彼の作った『メシエカタログ』は彗星でなく、星雲や銀河の天体カタログなのだ。何故かっていうと、彗星探索には明るい紛らわしい天体って邪魔になるから。たたでさえ、大昔は空に星が満ち溢れていたしね。
 それでメシエさんはこんな専門外のカタログを作った。几帳面な人だったと思う。
 本に載っている美しい姿の天体カタログは、何百年の時を経て開かれた宝石箱のようで、とても邪魔者には思えなかった。


 M1と名付けられたおうし座のかに星雲は星の死骸、M31のアンドロメダ銀河はあたしたちの天の川銀河とよく似ている。ウルトラマンの故郷 M78星雲は誤植で、本当の光の国はこの流れ星を描いたような形をしたM87なのだという事は、スバルに教えてもらった。
「ハレー彗星が一か月前に「発見」された事を知らずに、世紀の大発見と発表するっていう、大失態を犯したんだよ、この人」
「え?」
「今みたいに通信手段ない時代だから仕方ないけど、そりゃあ誹謗中傷の嵐よ。けれどそのどん底から巻き返して、未発見の彗星狩りに人生を捧げた、メシエの闘志と慎重さは尊敬に値すると思わない?」
 スバルはそっと本を閉じ、そしてあたしに差しだした。
「これ、あげる」
 あたしは驚いた。
「でも……」
「きっと、ミャーの役に立つからさ。メリークリスマス!」
 スバルはそう言いながら、あたしの手に素敵なプレゼントをくれた。


『小学生の新しい弟だってまだあたしに慣れてくれないし、パパはパパで忙しいし、ママハハには協調性のない娘って思われてるし。せめて、クリスマスくらいは、あたしだってそんなこと忘れたいよ』
 いつもスマートフォンで会話する他愛もない距離が一気に縮んで、あたしこそスバルに気を廻していなかったのだと思い知らされた。
 ねえ、スバル。誰かは、巣鴨プリズンで亡くなった人に手を合わせるなって言うよ。忘れるな、もっと難しいことを叫ぶよ。
 けれどここで暮らす人々は忘れたくても忘れられないだろう。
 ようやく手に入れた、角砂糖3個分の幸せ。
 生きるとは過去を背負って、歩くことだ。
 重みを忘れるくらいに、必死で。
 生きたいのだ。
 あたしも、池袋も。


 店内のクリスマスツリーの光が、呼吸をするように点滅を繰り返す。
 きらきら、きらきら。
 軽快なジングルベルの曲が人々のざわめきを一層大きくする中、あたしは深く息を吐いた。ああ、あたしは人並みに生きたがっているんだなと思う位に。
 それだけで、心に羽が生えたように軽くなった。
「今日は南極の星空が見られるし、アロマヒーリングだって。素敵じゃない?南極観測隊の気分だよ」
 あたしはつとめて明るく言った。
 今日はふかふかな雲に乗って、二人で南十字星を眺め、星空にメシエの宝石を探そう。
 どうせなら、緩やかな坂道は楽しく歩きたい。
 2061年のハレー彗星が見えるまで。
 昼下がりの夢想に浸りながら、あたしは鞄の中に用意していたクッキーとハンカチのラッピングを取り出し、スバルに差しだした。その笑顔は、あたしにはベツレヘムの星よりも輝いて見える。
 おめでとう、あたしたちが出会ってから、もうすぐ太陽が地球を一回り公転だ。ありがとう。初めてのメリークリスマス。
 高校生になる次の春には、池袋の天辺で星に手を伸ばすんだ。
 きっとだよ、約束だよ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/12/24 冬垣ひなた

≪補足説明≫

・こちらの作品は、拙作「渋谷スイングバイ」の続編になります。

・左の写真は〈素材ページ〉著作権フリー無料画像 DTP素材 写真素材 無料ダウンロードからお借りしました。

・右画像の背景は写真ACからお借りしたものを加工しました。

ログイン