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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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水星から流れる音楽

15/12/23 コンテスト(テーマ):第九十九回 時空モノガタリ文学賞 【 失恋 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:987

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 子供の頃からよく、私はアキヒロと夜の空を見上げた。
 アキヒロは星を眺めていた。私は横目で、アキヒロの横顔を見ていた。

 ある放課後、いつも通り両親のいないアパートの中に、私は中学の同級生のヒチカを招き入れた。
 彼女はキッチンやトイレや他の部屋の方に視線を次々移してから、ようやく私の部屋に入った。
「今、この家にはあんたとあたしだけ?」
「そう」
「バスルームとかには」
「今は誰もいない」
 一つ年上のアキヒロも、お互いに中学生になると、時折しかこの部屋へ来なくなった。



 同年代の友人を作る必要性を、感じたことがない。
 私の両親は滅多に家に帰らない代わりに、幼少より人付き合いの才能が皆無だった我が子のため、充実したネットワーク環境と端末を家に配備してくれていた。
 そのお陰で私はディスプレイの中で沢山の人格と邂逅したけれど、必要以上にコンピュータとネットワークの中へ没頭することはなかった。
 私の傍には、生身のアキヒロがいたからだ。
 アキヒロは社交的で、友人が多かった。無機質的な私は、人格は情報よりも高次なのだと信じさせてくれる彼に憧れ、いつしか強い好意を抱いていた。
 それを、口には出せなかった。
 それでもアキヒロが私としか星を見ないことを根拠として、私も彼にとって特別な存在であると信じた。

 先週の夜、私の部屋で、私はアキヒロへの長年の疑問を口にした。
「アキヒロは、何が楽しくて星を見るの?」
「笑うなよ。実は、星の音を想像してる。特に、水星の。太陽の目の前にある惑星が鳴らしそうな、壮大で幻想的で原始的な音楽を、想像するのが好きなんだ」
 水星の音楽。
 たとえ直接降り立っても音など響かない、大気のない岩の星の声。
 そんなものにアキヒロが強く惹かれているのは、私にすれば酷い皮肉だった。
 ここにこんなに無機物みたいな人間がいるのに、ままならないものだな。
 そう思った時、彼が唇を私に重ねた。
 そして私の服を手荒に脱がせると、アキヒロが覆い被さって来た。ネットワークとは違う形で、情報ではなく肉体で人と繋がる体験を、こんなに早く自分がするとは思わなかった。
 私はその夜、物心ついてから、初めて泣いた。

 次の日、朝起きると、昨夜のことが夢ではないことを確かめてから学校へ行った。
 アキヒロがヒチカと付き合い出したと聞いたのは、その日の午後だった。



「アキヒロ君の居場所を教えて」
「なぜ私に聞くの」
「他にあてがないからよ。あんた、アキヒロ君のこと好きでしょう」
「でも、失恋したわ」
「告白したの? 気持ち悪い」
 ヒチカが、床に唾を吐いた。
「いえ、言葉ではなくて、肉体の経験で、私の感情的情報が変質したの」
「肉体……、?」
「だから、失恋したのよ。私の好きだった少年は、私を置いて消えてしまった。好きでいられるわけがないの、妹にあんなことをする男を」
 ヒチカは鼻白んで、私の部屋から飛び出した。両親の寝室へ、そしてアキヒロの部屋へ踏み込んで行く。けれど、そこにはもう誰もいない。
「彼が失踪してからもう五日よ!」
 再び私の前に戻ったヒチカは、泣いていた。
「アキヒロがこの五日間いたのは、私の部屋のクローゼットよ。身動きと声は奪っていたけど」
 え? とヒチカが顔を上げた。
「アキヒロはこの家にいたけれど、もういない」
「……彼に何したのよ、あんた」
「アキヒロは、この家を出てはいない。でも、もういないの」
 そしてヒチカは、この家の中でまだ見ていない部屋が一か所あることに気付いた。
 私を震える瞳で睨み、彼女はバスルームに向かった。

 私は、かつてのアキヒロにどうしてももう一度会いたかった。彼の人格にコーディングされた情報を見つけ出して命綱のように手繰り、アキヒロにたどり着きたかった。
 情報は、全てハードの中に偏在しているはずだ。けれど、クローゼットに閉じ込めた男は解放を求め怒りを表出するばかりだった。私は対話というメソッドを諦め、男の頸部を紐で巻いて十数分圧迫し、生命活動を停止させた。
 今日、失踪した息子を心配しながらも、その所在に気付きもせずに仕事に出た両親を見送ってから、私はかつてアキヒロだった男の体をバスルームに運んだ。
 学校などそっちのけで、私はバスタブの中で彼のハードたる肉体を細かく刻み、暴き、分解した。
 しかし、夕方になって一通りの作業が終わってもアキヒロにつながるコードらしきものは男の体内には見つからず、首をかしげていたところへ、ヒチカがやって来たのだった。

 本当のアキヒロは、どこへ行ってしまったのだろう。
 水星から流れる音楽を、今こそ、一緒に聞いていたいのに。
 無機物が鳴らす声はきっと、孤独と憧れと狂信で支離滅裂だ。
 だから私に、きっとよく似合う。


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このストーリーに関するコメント

16/01/12 クナリ

楫取はるなさん>
星自体の性質とは無関係に付けられた名前なのに、妙に人格を感じてしまうんですよね、太陽系の惑星って。
大気が無いので聞くことは出来ませんが、彼らはどんな音を内在しているんだろう…と思います。
コメント、ありがとうございました!

16/01/23 光石七

デフォルメしすぎともとれる極端なキャラクター設定に強烈な展開。でもすごく現実味があって、否応なしに物語の世界に引っ張り込まれて動けない、そんな感覚でした。
主人公の狂気がぞっとすると同時に哀れで、何故か奇妙な親しみも覚えて……
彼女が水星から流れる音楽をアキヒロと一緒に聞くことはもうありませんが、彼女の心にはすでにその音楽が流れているようにも思います。
稚拙な言葉しか出てきませんが、すごいお話でした!

16/01/24 クナリ

光石七さん>
テーマが失恋で、なぜこのような話になったのか…ッ。
もはやこういう方向性でしかストーリーを思いつけないのかもしれません(^^;)。
でも同時に、つきつめたい個人的な題材であるのも確かです。他を意識しなくなるレベルまでの自意識の暴走と言いますか。
ひどい話でも、せめてそれだけは表現できていればいいのかもと思いますッ。
コメント、ありがとうございました!

16/01/30 つつい つつ

水星の音楽を聞きたい少年は殺されてしまい、水星の音楽を聞きたいと願う主人公も、なんだかその音を聞く純粋な感性を失ってしまったような気がしました。すごくせつなかったです。

16/02/01 クナリ

つつい つつさん>
我ながら嫌な話ですッ!(いつも)
「本人としては筋が通ってるつもりだけど他人から見たら狂気」というのが自分の中のホラーのひとつの柱なのですが、その自分なりの正気が檻に閉じ込められて孤独になっている様子はむしろジュブナイルだなあ…と思います。
檻に閉じ込められた正気は、他者との繋がりを最早持てず、切望した音ももう聞くことはできないのでしょう。
自業自得と言えばそれで片付けられてしまう、そんな出来事の当事者に主人公になってもらいました。

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