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鬼風神GOさん

冬が好きです。コーラも好きです。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。

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黄色い線の内側

15/12/22 コンテスト(テーマ):第九十八回 時空モノガタリ文学賞 【 革命 】 コメント:0件 鬼風神GO 閲覧数:718

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 その記憶はいつもスローモーションだ。鞄を脇に抱え疾走するサラリーマン、身動きがとれず茫然としている老婆、声を振り絞って何かを叫んでいる駅員。
 わたしはお尻をホームのコンクリートにつけ座り込むしかなかった。目の前で過ぎ去っていく人々の隙間から父がこちらに来ようと必死に人をかき分けている。なかなかこちらに来れない。
 すると父は突然両手の人差し指と親指を開いた状態でつけ、ひし形を作り、顔をくしゃっとさせて笑う。
 わたしはそれを見てとても安心した。でもなぜかその理由を思い出すことはできない。
 父はもういない。だから、そのことについて聞くこともできない。

   ✴

 今日もだめだった。駅のホームに多くの人が並んでいる光景が目に入っただけで息が荒くなる。
 何度目の嘘だろう。窓口の駅員に乗車カードを差し出し、忘れ物をしたので入場を取り消してほしい旨を伝える。
 自宅に自転車を取りに戻り、急いで出勤しないといけない。一歩踏み出したところで見知った顔に出会った。
「あ、なるみ先生」
 体育教師の山田だった。大きな声でこちらに声をかけてくるので恥ずかしい。正直言って苦手だ。
「びっくりした。最寄駅同じだったんですね! どうしたんですか」
 言葉とは裏腹に山田は楽しげだ。彼はいつも笑っている。
「あの、忘れ物しちゃいまして」
「そうだったんですか。じゃあまた学校で会いましょう。バイバイキーン」
 バイキンマンのおなじみの言葉を残し、山田は改札に消えていった。

 授業を終え、帰り支度をしているといつもの考えが頭をもたげる。
 小学校教諭となりこの戸川小学校に赴任して三年になる。低学年の生徒は本当にやんちゃだが、その分気持ちがまっすぐで、無垢な彼らの姿に心が洗われることも多々ある。
 そんな教え子のためにも克服しないといけないことがある。
 わたしは五歳のときに電車内で突然煙が発生するという事件に遭遇した。
 ただのいたずらだったのだが、そのことがきっかけで人ごみに身を置くことができなくなった。
 早急に解決しないといけない問題だ。
 ただ頭ではいくら冷静に考えることができても、いざその場に行くと脳内が心臓の鼓動で埋め尽くされ、身体が硬直してしまう。
「椎名先生」
 教頭の声で我に返る。
「はい」
「悪いけど山田先生を探してくれないかな。保護者会のことで打ち合わせしたいことがあるんだ。あれ、帰るとこだったかい?」
 もちろん眼鏡の奥の眼は、帰らないで今すぐ探してこいと言っている。
「いや、大丈夫です。探してきます」
 いくつか教室をまわったあと、体育館へと向かい、大きな鉄の引き戸に手をかけたときに山田の声が聞こえてきた。
「伸しつ前転というのは足を曲げちゃダメだぞ! これから先生がお手本を見せる」
 そう言って山田は用意されたマットへ中腰となり、両足で勢いをつけ小さく飛んでマットに手をつき、その後は確かにきれいに両足を伸ばしたまま前転して立ち上がった。
 そこにいるのは山田だけだ。
「お前たちにこの技が簡単にできるようになる秘密を教えてやる」山田はにやりと笑って言った。「前転しようとした瞬間に魔法をかけられて両足が石になってしまうんだ! そうなると足を伸ばしたままで立ち上がるしかないだろ? 分かったな……って、なるみ先生!」
 集中していて、わたしに気づいていなかったようだ。
「一人で練習してるんですね」
「いやあ、お恥ずかしい。……実は俺、極度のアガリ症なんです。でもこの仕事大好きだし、こうやって身体を動かし続けて泥くさくいくのが性にあってます」
 冷や水を浴びせられたような思いだった。
 山田が突然、両手の人差し指と親指を開いた状態で合わせた。
 ――あの日の父と同じように。
「……それ、どうして」
「『超時空戦士タイムマン』のタイムレッドが敵を生まれる前の遺伝子まで戻してしまう一撃必殺の遺伝子タイムボンバー≠放つときのポーズです。緊張したときにこれをやると落ち着くんですよ」
 眼前に父と幼いわたしがテレビに向かって声を上げながら見ている光景が降ってくる。ようやく父があのポーズをとった理由が分かった。
「ところでなるみ先生どうしたんですか? 何か用があったんですよね」
「あ。教頭先生が保護者会の件で――」
「ああ! そうだった!」
 山田は血相を変えて体育館を飛び出した。

 相変わらずこの駅のホームは学生で溢れている
 もう何本も電車を見送った。まだまだ足を踏み出せそうにない。でもそこには以前のように恐怖も、焦燥感もなかった。
 一週間後も一ヶ月後も一年後も人ごみに行けないかもしれない。でも、一年と一日後は?
 また電車が到着した。人が雪崩のように降りてくる。わたしは少し震える手を強く握り、息をふっと吐いた。


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