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黒木夜さん

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将来の夢
座右の銘 なんだって?彼が偉大な人間だって?私には自分の理想を演じる俳優にしか見えないが。byニーチェ

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廃墟の中の理想郷

15/12/18 コンテスト(テーマ):第七十回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 黒木夜 閲覧数:818

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大きな満月の綺麗な夜の、陰鬱さを感じさせる森の中を抜けて行くと、そこには古びた洋館がある。その、壁の随所にひびが入ったり、窓が割れたりした妖しい雰囲気を放つ建物は、もう長らく主を持たない廃墟であった。
ここは、街からかなり山へ入って行った場所で道もまともに舗装されておらず、滅多に人は来ない。そのため、不良などの溜まり場になることもなく、保存状態はそれなりにいい。
しかし、ここは山の中である。
人の手入れの施されない建物は、植物に覆われ、動物達も伸び伸びと、徘徊する。私は、廃墟の入り口の前で、たぬきの影を見た。きっと、この中にも動物はいる。
だが、そういった自然に荒らされた人類の文明の跡、というのも廃墟の醍醐味だ。
この洋館の玄関のドアはすでに壊れてその用途を果たしてはいなかった。長い年月が経ってこの建物もかなり風化しているのだ。床が抜けたり、壁が崩れたりするかもしれない。
私は十分注意しながら入り口をくぐった。
まず、この廃墟に足を踏み入れた私を出迎えたのは、立派な玄関であった。
昔ここを使っていた人々は、この洋館の中では靴を履いて生活していたようで、靴を脱ぐような場所はなかった。
誰も手入れをしない建物の埃というのは凄まじいもので、私が歩く度に足跡が残り、宙を、舞う。人間の足跡は私のものぐらいで、他は小さな動物達のものだ。このことからも、ここには人が訪れていないことがよく分かる。
私はまず、一通りの部屋を確認することにした。
玄関を入ってすぐの所は、両側に大きな螺旋階段がある、映画にて出てくるような大玄関だ。
だが、ひとまず二階へ上がるのは後にして、一階の部屋を回る。
蜘蛛の巣がはり、持ってきた懐中電灯などではとても照らしきれないほど、深い暗闇を抱えた一階の廊下を見回ると、よく分かるのだが、この屋敷には大量の部屋がある。
流しなどが設置されている部屋も、台所と言うよりも厨房と呼ぶ方が正しいように思われた。
元はホテルか何かだったのだろうか。
部屋はどれも、もう人間の面影を感じさせるようなものはなく、崩れかけたコンクリートの壁や床が荒涼と広がるばかりだ。
そんな、どことなく寂しげな廃墟の中を私は写真を撮って回ったり、じっと、ドアや窓さえもないような部屋の様子の様子を観察したりして、時間を過ごした。
しばらくそんな風に過ごしてから、窓の外を覗いてみると、来た時にはまだそれほど高くはなかった満月も、すでに空高くから穏やかな光で廃墟を照らしていた。
もうそろそろ、二階も見てみる頃だろうか。
私はさっきの大玄関に戻った。
入って来たばかりの時は、暗闇に目が慣れていなかった為か、気がつかなかったが、螺旋階段の一方は半分ほど崩れて使い物にならない。
私はもう一方の階段をゆっくりゆっくりと登る。
キー キー
真夜中の廃墟には階段の軋む苦しそうな音だけが響いている。
廃墟の二階というのは一階の時よりも注意深くならなければいけない。なぜなら、いくらコンクリートで出来ているとはいえ、いつ床が抜けるかわからないからだ。いや、寧ろ年月の経った建物というのはコンクリートの方が脆い。だから、私も誰もいないと知りながらすーすーと忍び足で歩むのだ。
二階の部屋も一階とほとんど変わりはなかった。
しかし、ただ一つの部屋だけが私の目を引いた。
その部屋の天井は崩れ、ぽっかりとあいた穴からは満月の光がそっと部屋を照らしている。そして、この部屋だけはフローリングが残されかつての人間の面影を感じられたのだ。
アンティークの机にソファー、書棚、カーペット果てには可愛いらしいぬいぐるみまであった。
この部屋だけが異様な空間だった。
床のフローリングは雨で腐食している。先ほど書いたように天井も崩れいる。この部屋にいるのは危険なのかもしれない。しかし、この部屋だけがもつ不思議な魅力は私の足を引き止めた。
そして結局私は、この部屋の机で手記を書くことに決めたのだ。
これがその手記である。
なんだかこんな風にしていると、人間が滅んだ後にたった一人だけ取り残されてしまったように感じられる。ヒトの文明はこうも虚しく廃れ、衰退した。栄枯盛衰、盛者必衰、諸行無常。
この時、私を取り囲んだのは絶対的な孤独であった。
しかし、それが心地いい。
ニーチェならば、私のことを疲れた人間だと言うだろう。
そうだ、私は疲れているんだ。
人が滅んだみたいな世界で孤独に浸るのが心地のいい人間なのだから。
しかし、人間はどれほど強く生きられるだろうか。

私がこの廃墟を見つけたのは子供の頃だった。実は、ここよりも街に近い森は私達の遊び場だった。
ある日かくれんぼをした。誰も見つけられないぐらい奥へ奥へと入っていった。すでに、友達の声さえも聞こえないぐらい深くまで進んでいた。
その時見つけたのだ。この廃墟を。
子供の頃の私は怖いと感じた。この寂しそうな壊れた屋敷に取り憑かれた幽霊でも出てくるのではないかと思ったからだ。
屋敷に取り憑かれた幽霊……。
それは、今の私のことではないだろうか……。

物思いに耽っていると、後ろで物音が聞こえた。振り返ると、猫がいた。
ニャー
猫は私を見ても逃げる様子はなく、それどころかこちらへ近寄ってきた。もしかすると人間というものを見たことがないのだろうか。野生の猫?多分、昔捨てられた猫の子孫が野生化したのだろう。探せば他にも猫はいるのかもしれない。何せ猫は孤独を好む生き物だ。仲間とは常に一緒にいるとは限らない。
私は非常食として、小魚を持ってきていたことを思い出した。たまたま、猫好みのもだ。ちょうどいい。
私は、床の埃を払ってから、そこに小魚を撒いた。
猫はすぐさま飛びついた。
私は、猫の頭を撫でてやった。
猫は私が最も好きな動物だ。人間なんかよりよほど。
猫の気ままな生き様は羨ましい。話によると猫は一日の三分の二を寝て過ごすという。本当に羨ましい限りだ。
ニャー
猫は小魚を食べ終わると一声だけ鳴いて去っていった。
さて、もう一度この廃墟を一回りしてみようか。
本当はこの部屋をもっとよく見てみたいが、ここには人の心が宿っていた。あまり、いじくり回すのも気がひける。

カナカナカナカナカナカナカナカナ
ぶらぶらと未練がましく廃墟の中を一回りして終わった頃、物悲しいひぐらしの鳴き声がどこからともなく響きわたってきた。
外を覗くと、ギラギラと傲慢な太陽が空に明るくなれと命じていた。穏やかな光で優しく包んでくれる月の時間は終わったのだ。人間なんていない、私を慰めてくれるゆったりとした孤独の世界は夜の廃墟にしか存在しない。でも、私は戻らなければならない。太陽がいくら傲慢であろうとも、太陽がなくては生きていけないのだから。
太陽に明るくなれと命じられた空は従順に白み始め、太陽は夜を征服し、空の支配者となろうとしている。
ああ、もう戻らねば。太陽の世界へ。
そうして私は、未練を残しながらも立ち去るのであった。
夜だけに訪れる廃墟の中の理想郷を。


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