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アルプススタンドの風少女

12/08/15 コンテスト(テーマ):第十一回 時空モノガタリ文学賞【 高校野球 】 コメント:0件  閲覧数:1633

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 野球が好きだった父は夏になると心臓が止まった。初夏の頃、母と交代で病院に付き添って、夜じゅう看病していた。見えてなくても・・・。聞こえてなくても・・・。言葉が出なくても・・・。手術が難しい肝臓の部位に癌があって、余命3カ月を宣告されていた。今年の3月のことだった。父はいままで健康に気を使わなくてはいけないほど、弱くはなかった。野球が幼いころから好きで好きでたまらない少年だった。大人になるにつれて、野球への情熱は甲子園へ行くことを目標に部活を頑張っていたらしかった。誇らしげに話す父の楽しそうな顔を見ていると、「もう何回も聞いたよ」とは言いにくいほどだった。父は甲子園で試合をして、全力で球を投げていたピッチャーだった。3対0で敗退してしまったが、いまでも父の母校の野球部は強くて、何度も甲子園に行っている。

 父と母は同じ高校で、チアガールをやっていた母も一緒にそのとき甲子園に行っていた。アルプススタンドで応援する声にも熱がこもるほど、優勝を心待ちにしていたらしかった。野球部とチアガール部は仲が良くて、同窓会にふたりで出席していた。かつての仲間たちはまるで永遠に続くような青春時代をずっと共有していた。還暦を過ぎても、どこからか誰からか、手紙や写真が贈られてきた。母の話しも何回も聞いた。父と母は高校を卒業すると、父は野球を続けられる環境が欲しくて、野球のチームがある東京のスポーツメーカーに勤めた。母は地元に残り、祖母や祖父と共に過ごし、自宅から電車で1駅の小さな出版社に勤めた。父との再会はもちろん同窓会だった。母は父から指輪を押しつけるように渡され、顔じゅう真っ赤になって汗もたくさんかいていて、まるで、野球しかやってこなかったような人に感じたという。陽気な母は、父が真面目になるたびに、大きな声で笑い、楽しい家庭にしましょうと返事をしたそうだ。結婚式は26歳の6月にウエディングドレスを着て、とにかくたくさんの人人人・・・でいっぱいにしたそうだ。ホテルのチャペルもなかなかよかったと言っていた。

 私ももうすぐ結婚する。結婚式での父の出席は無理そうだった。職場で倒れて、そのまま病院で検査入院して、脳梗塞の疑いよりも、肝臓のほうが深刻な状態になっいていた。主治医が決まるまで、時間がかかった。癌を摘出できる医師が誰もいなかった。父の死を私の結婚式が重なりそうだった。生きていてほしかった。写真もたくさん撮ったし、ビデオもあった。見せてあげたかった。夫は結婚式を延期しようとも言ってくれたが、母と同じ6月に決めた。父は倒れてから、だんだん衰弱していき、呼吸が止まることもあった。それが徐々に、死を周りに意識させていった。私は父と河原でキャッチボールをしたことが忘れ難い思い出になっていった。野球・・・?女の子でひとりっこの私に弟がいたらよかったのに・・・。父が余命より長い7月のはじめに亡くなったときに、そう思った。悔しいような・・・?花嫁すがたを見せたかった。倒れてから意識がもどったことが1度もなく、そのまま死んだ・・・。母は気丈にしていた。結婚式の次にはお葬式で、母を心配しながら私も、母のようにしっかりしなくてはと思った。父の死は現実なのだから、最後まで、しっかりと見送ってあげたかった。涙よりも生きてほしいという思いが強くて、ただ悔しかった・・・。じっとうつむいて、震えていた私に、父と母の同級生の方がひとり、私に近づいてきた。名前も知らないその方は私の手を優しく握り、ゆっくりとさすりながら、言った。「風子ちゃん、甲子園また行けるようになってる・・・。みんな強いなぁ・・・」そして結婚おめでとうと小さく囁いてくれた。

 私はTVを見ながら、甲子園の風景を見つめながら、父と母の母校が来週、甲子園で試合をすることを知った。蝉がジジジジジジジッと鳴いて、どこかへ飛んでいった。庭の樹木から眩しい強い光がキラキラとしていて、立ちくらみしそうなほど、暑い夏になっていった。試合当日、電車とバスを乗り継いで、甲子園にひとりで行った。母がいたはずのアルプススタンドには、チアガールの応援がたくましく響いていた。何度も何度も繰り返される応援や声援に、私も一緒に声をあげて、大きな声で、応援していた。7回の表で2対1で、こちらの攻撃だった。逆転するチャンスはある。朝から来ている来場者にまじっていた。ずっと試合を見ていたわけではなく、5回の裏から、ここに居た。チアガールのお揃いのTシャツが団結した思いを表しているようで、ダンスと張り上げる声はスタンド全体に響いた。2アウト、最後のバッターが高くボールを打ち上げたが、アウトだった。そのあとも続いた試合でも大声を張り上げて、声援をおくった。試合はそのまま9回まで変わらず終わり、負けた。そのとき見上げた空はどこまでも青く遠かった。


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