1. トップページ
  2. 他山のチーフ帽

ケイジロウさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

他山のチーフ帽

15/12/14 コンテスト(テーマ):第九十七回 時空モノガタリ文学賞 【 他山の石 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:812

この作品を評価する

 人のことを馬鹿というのはあまり好きな方ではない。ただ、あの人は馬鹿である。
 
 柿の木も渋柿だけを残して裸になってしまった時分、私は惣菜を作る工場で働き始めたの。
 あれはここで働き始めて2日目だったかしら。人参を乱切りしてくれとあの人に言われたので、切っていると、あの人はため息をついた。舌打ちも聞こえたような気がした。どうやら、大きすぎたようだ。あの人が違う人経由で私に伝えてきた。このでかさだと器に入らないと、そんなこともわからないのか風に言ってきた。我慢我慢。乱切りだというのに、形まで指定して来た。乱切りでも乱れず秩序と規律を持たせなければダメだということをその時初めて知った。火の通りにムラが出てきてしまうらしい。ムラはダメらしい。そして、締めくくりは「もう少し速くやろうか」攻撃である。これは、顔を引きつらせながら直接言ってきた。もしまな板がプラスチック製ではなく木製であったならば、もし包丁がステンレスではなく鉄だったならば、もし私がおばさんではなく、おにいさんだったならば、包丁をまな板にさしてそのまま帰ってしまっていたと思われる。それほどイラついた。特に最後の攻撃にはね。
 断っておくけど、私はあの人の弟子ではない。というより、私はただのパートのおばさん。器に対する美学的バランスだとか、平等な触感だとか、全くもって関心の対象ではなく、ただ定時であがることに最大の重きを置いているの。人を感動させる料理を提供できるようになりたいといった野心などを薄っぺらい履歴書の「志望動機」の欄に書いた記憶もないし。この大きさで、いくつ、いつまでに、と伝えてくれれば、私は私なりに最大限の努力をするつもりよ。そうよ、「人参、乱切り、200食分ね」って指示の出し方がいけないのよ。こっちは2日目なんだからねっ。
 こんなところで10年も毎日人参の乱切りばかりしていたら、初心者の気持ちなんかわからなくなるものなんだろうね。だいたいなによ、あの50センチくらい上に伸びてるコック帽は。乱切りできることがそんなにエライのか。乱切りできないことがそんなにダメなことなのか。乱切りできるようになったら、あのコック帽をくれるのか(ほしくないけど・・・)。
 同期はとっくにどこかのレストランで料理長を務めているほどの年齢の男が、独身で、惣菜工場で、コック帽(しかもチーフ帽と呼ばれているらしい)をかぶっていることがかっこ悪いとは全く思わない。逆に、あの帽子をここで堂々とかぶれることにはちょっとした尊敬に近いものを感じるの。惣菜工場で10人のおばちゃんを動かすことと、一流ホテルの厨房で100人のコックを動かすこととの優劣の判断なんて誰にもできないはずだし。むしろ、前者の方がマネージメント能力は問われるんじゃない。なんてったっておばちゃんに論理は通用しないからね。囲碁盤にどうどうと紫色の碁石を当然のように持ち込んでくるからね。
 話がそれてしまったわね。あの人のことを同情している場合じゃなかったわね。そうなの、上に立つものがああではダメ。下のものはやりにくくてしょうがないのよ。
 その時私は自分に誓ったの、新人には優しくしようってね。

 ―2年後―

 昨日から入った新人が全く使い物にならない。人参の銀杏切りをお願いしたところ、大きさバラバラ。しかもめちゃくちゃ遅いときている。それなのに、「何時に休憩ですか?」などとほざいてくる。とてもとてもイライラしてしまう。
 落ち着かなくてはダメだ。落ち着け。相手は素人。イライラしていたら”あの人“と同じではないか。ゆっくりゆっくり。一つずつ確実に。あまり急かしてはダメよ。
 ん〜、それにしても遅い。もうダメ。限界。
「もう少し速くやろうか。」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン