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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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ダ・カーポはもういらない

15/11/30 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:6件 冬垣ひなた 閲覧数:843

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「これが、お互いの責任で、二人の友情が終わりを告げた顛末である」
 とある批評家は、そう話した。


 死の床にあったクロード・ドビュッシーは、数十年来の友人からの手紙を引き裂いた。
「すまない」、彼は目に涙を浮かべ絶望の淵からこの世を去った。
 ドビュッシーの間近にあった者は手紙の主を恨み、世間に沈黙を守ったため、事実が明らかになったのは、その男の死後だったという。
 因習にとらわれない酒場のピアノ弾き。
 しかめ面でコンサートに聞きいる大衆を尻目に、今でいうBGM的概念を唱えた、革新的作曲家。
 ユーモアと皮肉をちりばめ、符号や終止線といった飾りを取り払った彼の譜面は時に絵画的ですらあった。
 芸術の境界を越え、最先端の切っ先となったダダの奇人、エリック・サティはこの白い墓に眠る。


 雨が降る。
 男の差した黒い雨傘は水を弾きながら、張りつめた音を残してゆく。
 傘を落ちる、けだるい流れ。
 水たまりに広がる波紋。
 黒の山高帽に黒のスーツ、鼻眼鏡に山羊髭。ぼうっと現れたこの年老いた男の亡霊は、背筋をぴんと伸ばし自らの墓石に座り、けぶる墓地を見渡している。
 この雨の演奏会は彼の為のものだったが、不意に鈴の音が混じった。
 向こうの墓石の影から、鈴付きの首紐がついた黒猫が現れ、男は頬を緩めた。黒猫はニャアと鳴きながら近づいてきて、その膝に飛び乗った。


 そう、私が初めてピアノ弾きになったのは、文学酒場「黒猫(シャ・ノワール)」だった。兵役を逃れ、音楽院も中退した私には、肩書きがなく、とりあえずジムノペディストと名乗った。
 曲は、まだなかった。
 しかしパリの享楽街に集う人間はかなり変人で、「ジムノペディ」の作曲前から私はすっかりジムノペディストになり……その数年後、君と知り合った。
 機嫌良く黒猫を撫でてはなでてはみたが、そこに温もりも形もない。
 やはり、死者か。私は溜息をつく。
「もう少し形式を持つべきだ」
 いつだったか、君が言ったから早速『梨の形をした3つの小曲』を書いた。梨は「間抜け」や「うすのろ」というし、何より7曲構成だが……。
 いつも黒服で傘を持ち歩く噂だけが独り歩きする、無名の私の為に、当時人気絶頂の君はジムノペディを管弦楽用に編曲した。
 私が成功したら手放しで祝ってくれると思っていた。
 その君が、ラヴェルに動揺するとは。君は彼の後押しで私が有名になった事に、何か腹黒いことを考えたのかもしれない。思い返せば、私たちの間に小さな亀裂は以前から入っていた。
 40歳を過ぎて音楽院に入り直した時も渋い顔をされたが、私はただ君に褒めてほしかったのだ。
 私の才能を、信じてほしかった。
 なのに、コクトーやピカソと組んでバレエ「パラ―ド」を上演したとき、君の席は空いたままで、その後も顔を見せる事はなかった。
 何故、晴れ舞台に来ない?
 私たちの26年は何だったんだ。まるで保護者を気取る君の音楽は、とっくに世間から見放されていたというのに!
 ……知らなかった、君がもう命尽きる所だったなんて。
 私の奇行の数々は、おそらくは歪曲され、後世に伝わることだろう。それもこれも罰なのだ、そう思う事にした。
 私の音楽は早く生まれ過ぎたのだ。


 どれほど時間が過ぎたろう。私の耳から、雨音が遠ざかる。
 自然の不規則なリズムは変わって行く。家具のように邪魔にならない音。限りなく遠く、記号や調性の枷をはずされた、白い音楽へ。
 傘を差したまま、私はコートのポケットの中に、慌てて手帳とペンがないか探した。
 その手を、空から降る言葉が止める。
「不機嫌な謝罪はないのかい?」
 ああ。
 君の声がする。
 君の影が見える。
 私は君の音楽を褒めなかったが、今ここで神のように崇めよう!
 いつでも傘という楽器を持ち歩く私の、音の雨に打たれた君は楽しげで、よくピアノで弾いてくれたジムノペディのように控えめだった。
 私は立ち上がり、猫と共に空へ駆け上がる。
 見ろ。私たちもついに形のない、音楽となったじゃないか!
 歓喜し放りだされた傘の骨は曲がり、私の最期の音を奏でた。
 その姿はうっすらと、消えてゆく。


 次の世は明るく生きやすいだろうか?
 時代は感性に追いすがってくれるだろうか?
 君と私の音楽は、一緒にいられるだろうか?
 誰も彼も喜んでくれるだろうか?


 パリが奇才の作曲家を失った1925年、セーヌ川の対岸にそびえるエッフェル塔は電飾に彩られ、人々はアール・デコ旋風の万国博覧会に浮かれていた。ベル・エポック(良き時代)の名残であったアール・ヌーヴォーの終焉だ。
 サティは誰もが認める奇人だったが、ドビュッシーはこうも残している。

『今世紀のなかにさ迷い現れた心優しい中世の音楽家』、と。


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このストーリーに関するコメント

15/12/01 冬垣ひなた

≪補足説明≫

左の画像は、写真ACからお借りしました。
右の画像はエリック・サティ。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとに利用を許諾されています。投稿者:Liszt3 File:Ericsatie.jpg
(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ericsatie.jpg?uselang=ja)

840回繰り返す「ヴェクサシオン(嫌がらせ)」は世界一長い曲としてギネス認定されています。全部弾いたら18時間位かかるのですが……CDなどのある現代だからこそ、サティさんのやりたいことは分かるのですね。この人がいなかったら、今の音楽はもっと違っていたかもしれません。

15/12/01 冬垣ひなた

≪参考図書≫
・エリック・サティ 覚え書 (秋山邦晴 著)
・エリック・サティ (アンヌ・レエ 著・村松潔 訳)

15/12/03 泡沫恋歌

冬垣ひなた 様、拝読しました。

ドビュッシー、ラヴェル、そしてエリック・サティは特に私の好きな音楽家です。
ジムノペディは心が疲れた時にワインを飲みながら聴いたりします。

以前、クラッシック音楽がテーマの時に「アドニスのためのパヴァーヌ」というタイトルで
ラヴェルのことを私も書いたことがあります。

好きな音楽家の話でとても嬉しいです。楽しめましたd(⌒ー⌒) グッ!!

15/12/06 冬垣ひなた

泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。

私もそうですね、この3人は好きで良く聞きますが、飽きがこないです。ジムノペディはお酒飲みながら流す程度が、サティらしい聞き方なのかもしれません。
「アドニスのためのパヴァーヌ」は、恐れながら私の目標の一つになっています。
掌編の中にモチーフを自然になじませてあって、凄いと思いました。
音楽の話はこれで3回目ですが、また挑戦するかもしれません。頑張ります。

15/12/14 草愛やし美

冬垣ひなたさま、拝読しました。

アルゼンチンタンゴのバンドネオン奏者の息子がいながら、音楽全くダメな私ですが、ジムノペディや音楽家の方々のお名前は知っていました。汗

我が家から、二駅で大阪音大のある阪急庄内に行けます。この良き地域に住んでいるのはラッキーでした、今年100周年を迎えた音大のコンサートに容易に出かけることができるのです。音大学生さんたちのコンサートですので無料もありほとんどのチケット代金が格安です。でも、内容はとても濃く楽しめます。最近では、音大の先生によるオペラカルチャーにも行って学んだりしていますが大変面白い内容で分り易いです。音楽知識のない私ですが、亡き父が求めた本物の音を供養と思い楽しんでいます。素敵な環境を与えていただいていることに日々感謝しています。

冬垣さまのこのお作、検索しながら読み終えました、知らないことばかりで、とても勉強になりました。ありがとうございました。

15/12/16 冬垣ひなた

草藍やし美さん、コメントありがとうございます。

音楽家の家族がいるなんて凄いですね!自分も音楽全く駄目で、書くにはピアノとか習わねばなるまいかと思いお蔵入りしてた話ですが、テーマが回ってきたので……今でしょ、みたいな勢いで。

良い所にお住まいで羨ましいです。私も後学の為市営ホールなどには行きます、この間新垣隆さんのピアノ聞きました。サティ達の時代は演奏家が作曲するのは当たり前でしたが、現代は分業されていて、両方出来る彼は音楽家としても凄い存在なのだそうです。音大時代の仲間が必死に新垣さんを応援するのを見て、感じる所も多かったので、今回のテーマの切り口はこうなりました。

自分も勉強ばかりですが、読んで下さる方がいるのはとても励みになります。こちらこそ感謝します。

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