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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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シエスタ

15/11/16 コンテスト(テーマ):第九十五回 時空モノガタリ文学賞 【 秘宝 】 コメント:5件 そらの珊瑚 閲覧数:717

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 鏡をのぞけば、その時間が刻んでいったものが私の顔にある。残酷だとは思わない。誰しも平等に年は取るのだから。
 修道院が経営するホスピタルで看護婦として働いて四十数年。朝、清水で顔を洗ったまま、――冬はハーブ油をつけることは許されてはいたが、ほとんど何も付けずに過ごしてきたせいだろうか、街の女よりもいくぶんかはシミ、シワが多く、老けて見えることだろう。
 けれど、ジャンはひと目で私を私だと見抜いた。もちろん私も。
 ふたりの間に過ぎ去ったはずの時間がまるで魔法のように一瞬で巻き戻るのを確かに感じた。
「フロラ! フロラだろ」
 すっかり痩せてしまったけれど、ジャンの声はあの頃のまま。深海を思わせるような低いさざなみを伴って私の耳へ届いた。
「まあ、ジャン! こんなところで会うなんて、あなた、病気なの?」
 昨日入院予定患者のカルテを見て、そこでジャンの名前を知っていたのだけれど、私はまるで今知ったようなふりをした。ジャンの余命が残りわずかということも、うまく隠したつもりだった。
「ああ、長年の無理がたたったのかもしれないなあ。でも人生の最後に君にまた会えるなんて、僕はなんて幸せなんだろう」
「相変わらずおおげさな人ね……。すぐ元気になるわ。ここ、ふるさとの空気は何よりのごちそうよ」
 私は精一杯ほほえんだつもりだった。
「君も相変わらずだね。嘘を付くとき、決まって、まばたきが多くなる」
ジャンは私の嘘もまた一瞬で見抜いたのだった。
「僕を誰だと思ってるんだい。僕は筋金いりの秘宝狩りの一族の末裔だよ。秘宝のことならどんなことだってお見通しさ。フロラ、君はずっと僕の秘宝だった」
 秘宝狩りはこの国の王から認められた世襲の特別な職業だった。国を豊かにするという使命を持って彼らは日夜秘宝をさがすことをなりわいとしていた。
 遠い昔、彼の祖父はこの国の砂漠に埋まっていた地下資源オイルを探し当てた。それはこの国に富をもたらした一方で、皮肉にも争いの火種となった。オイルを狙った隣国との戦争が始まり、十年後やっと停戦になった頃には、国は荒れ、オイルは枯渇した。英雄だったジャンの祖父は、国を衰退させた罪人となった。
 けれど若かったジャンはあきらめなかった。今度は正真正銘の秘宝を探し当てるんだと希望に燃えていた。私はそんな彼と共に生きていきたかった。彼と駆け落ちすると決めた日、行かせまいとする父に私は修道院に幽閉される。没落貴族の父にとって、私は家を再興させるための駒のひとつに過ぎなかった。
――ジャンと一緒になれないのならここで死のう。そう決心した私に手を差し伸べてくれたのは修道院の院長だった。生きていれば、神の思し召しがあるでしょう、人はふるさとにいつか戻ってくる生き物よ、と。私はその手に導かれ、ここで一生を過ごす決心をしたのだった。

 昼食はミルク粥だったが、半分食べたところで彼のスプーンが止まる。ああ、もうお腹いっぱいだと言って、ナプキンで口をぬぐった。
「しかたないわね、今日は特別よ。あなたの大好物を持ってきたわ」
 私は修道院の果樹園で今朝、もいできたばかりのエメラルド色の葡萄を差し出した。
 二人の恋を成就できなかったことを今更悔やんで仕方ないし、父を恨む気持ちも失せた、ただやっと二人に訪れた平安を一日でも長く一緒に過ごしたかった。
「……なんてかぐわしい香りだろう。僕は秘宝を探して長いこと旅してきたけれど、本当の秘宝はこんな近くにあったのかもしれないね」
「何をいうの、この秘宝はあなたが旅先から送ってくれた一粒の種から育てたものよ」
「へーそうなのか? それは驚いた」
「ねえ、どうやって秘宝の在り処がわかるの?」
「それは企業秘密だけど……まあ、いいか、葡萄のお礼に教えてあげよう。秘宝はね、息をしてるのさ、どんなに深い地の下でもね、それを僕の心臓とシンクロさせるのさ」
 それからジャンはひと房をたいらげた。
 窓から明るすぎる午後の光が降り注いでいる。
「まぶしいな。今の僕にはまぶしすぎる。まるで赤道直下の町の太陽みたいだ」
 私はカーテンを引く。病室の壁に掲げられたマリアの油絵も、窓際に飾られた白いマーガレットも、ベッドサイドの点滴台も昏い影の中に沈む。
「少し眠ったら?」
 やんちゃな男の子のように、彼は無防備なあくびをひとつした。愛らしい白い八重歯が見てとれた。
 労働の間の、午後のほんの小さな昼寝をシエスタと呼んで、この国に人々はその習慣を愛してきた。そうしてこれからもずっとそれは続いていくのだろう。
「フロラ、手を、僕の手を握っておくれ」
 五分もしないうち、ジャンの静かな寝息が聴こえてくる。

 私は彼の心臓の在り処の上に、そっと耳を押し当てた。


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このストーリーに関するコメント

15/11/17 草愛やし美

そらの珊瑚さま、拝読しました。
まるで、青い鳥のような、そう秘宝なんて探したって見つかる確率は低いものかも。第一、どこを評して秘宝と言えるのでしょうか? 基準はそれぞれの心の導きのまま……。ホスピスにある人にとりそのエメラルド色した一粒は秘宝そのものなのでしょうね。

15/11/21 鮎風 遊

どんな音が聞こえたのでしょうね。
命の音、安堵の音、それとも秘宝の在処を伝える音?
私も耳を押し当てたいです。

15/11/23 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

ホスピスで巡り合って女性がジャンにとって「秘宝」と呼ぶべきひとならば、
最愛の人の死を見届けることがフロラにとっての「秘宝」となることでしょう。

人生の終焉には、感じ入る物語でした。

15/11/26 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

生きる意味というものを深く考えされられました。
ジャンの命が。心の渇きを潤す秘宝で少しでも長らえる事を願います。
シエスタのもたらす幸福が、最後の一文に凝縮されて素晴らしかったです。

15/11/30 そらの珊瑚

草藍やし美さん、ありがとうございます。
青い鳥、一生をかけて探して、実は自分のそばにあったとか。
秘宝の価値は、その時々、また人によっていろいろなのかもしれませんね。

鮎風 遊さん、ありがとうございます。
秘められた宝だから、耳を澄ませないときこえないのかも。

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
長い時間がかかりましたが、ようやくお互いに幸せな時間を共有できたのかもしれません。

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。
シエスタは特別な時間でもない、日々の中に組み込まれたようなやすらぎの時間というイメージでしたので、実はそういう時間こそに本当の幸せがあるのかもしれないと思います。

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