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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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樹上にて

15/11/12 コンテスト(テーマ):第九十六回 時空モノガタリ文学賞 【 奇人 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:617

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最初みたとき、おや、ちがうと感じた。
それがはじめて野上宇多をみたときの漣の、第一印象だった。
しかし、何がちがうのかまでは、そのときにはさすがにわからなかった。彼女のそのわからないところに彼は、しだいに魅かれていくようになった。
宇多との出会いは、都会生活に疲れた彼が自然の豊かな地域を求めて出た旅の途中の、道に迷って入り込んだ森の中でだった。彼女は、周囲にひろがる青々とした繁みから生まれてきたのような雰囲気を漂わせながら、彼の顔をみつめた。かつて誰がこれほどまで曇りのない澄んだ目で自分をみただろうか。そのまなざしでみつめられると漣は、都会生活でこびりついた穢れのすべてが洗い落とされるような気持ちになった。
「こんにちは」
人気のないこんな場所で、しらない女性に声をかけることなど、いつもの彼だったらまずありえなかった。
「ようこそ。森に」
「きみは、この森の―――」
「はい。この森のものです」
「僕は、新たな生活の場をもとめてここまできたんだけど、ここは本当にすばらしいところだ。こんなところで住めたらどんなにいいだろう」
「住んだら、どうですか」
「こんなところに、、住めるところがあるだろうか」
「私の家にきたら」
「いいのかい、僕がどんな人間かもわからないのに」
「そんなことは何の問題でもないわ」
漣は、いまの彼女の言葉にひっかかるものを感じながらも、足はためらうことなく彼女について歩きだしていた。
「私の両親も祖父母も、物言わずの人間ばかりなので、そのつもりで接してね」
歩きながら彼女は、妙なことで漣に念を押した。
「寡黙な人って、僕は好きだな」
しかしどうもそんな意味ではないことが彼女のその顔色でわかったが、プライベートなことに最初からあまり口を挟むのもどうかと漣は思いなおした。
森は、ますます深く鬱蒼としだして、重なりあう木の葉で頭上は夜中のように暗く閉ざされた。
「ここよ」
彼女が立ち止まった前には、これはまたなんと古びた家屋だろう、びっしりと苔が覆う柱、茅葺の屋根もまた風雨にさらされてすっかり色あせ、ほとんど廃屋に近い様相を呈している。
漣は彼女に促されて座敷に上がると、畳のあちこちにちらばる蛾や虫の死骸のない場所を選んで座った。
誰もいないのかと室内を見回した彼は、窓際にうずくまるようにして座る二つの人影をみてぎょっと目をみはった。
「父と母です」
漣は二人に頭をさげたが、影に包まれた二つの影は何の反応も示さなかった。
「お爺さんたちは、あっちにいるのかしら」
彼女は両親からの返事をまつことなく、漣を二階に連れていった。
「ここがあなたの部屋よ」
そのこじんまりした室内は、下にくらべるとまだしも部屋らしくて、机や棚もあれば、押入れには布団も用意されていた。
漣は、この二階部屋を借りることにした。借りるといっても、彼女は部屋代をうけとるつもりはなさそうだった。
最初のうちこそ彼は、リュックの中の手持ちの缶詰や携帯食料を食べていたがすぐにそれらは底をつき、彼女に代金を払うから何かないかというと、
「森にはいろいろ食べる物があるから、いっしょに採りにいきましょう」
ということになり、森にでかけて再び家にもどってきたときカゴには、自然薯や木の実類、それに果実がいっばい詰まっていた。
漣はなにげなく、家のそばに聳える大樹をみあげた。その枝に手足を絡ませている人間をみて、
「あれは」
「お爺さんよ」
「木登り」
「あそこで暮らしているの。私たち家族は、木の上で生きることの歓びを体感してからは、一日の大半をあのようにしているのよ」
「でも、なにかを食べなきゃ」
漣がいったちょうどそのとき、枝の上の人物が木の葉をちぎって口にいれた。
「私たちの肉体はいつのまにか木の葉から栄養を得るような構造になったの。他にはなにもいらない。じっとしてすごしていると、ほんのわずかな木の葉でことたりるので、この木一本あれば一生やっていくことができるはずよ」
それをきいて漣は、周辺に立ち並ぶ大木に目を走らせた。案の定、別の木の上にも、おなじようにして絡みついている者たちがいた。
「お婆さんよ。向こうには父が、こちら側の木には母がいるはず」
「きみ一人が、地上生活を………」
いってから漣はハッとなって彼女をみかえした。
彼女は足を翻すと、ひときわ繁った木の下までかけよるなり、幹に足をかけて身軽によじのぼりはしめた。
「あなたもあがってきて。いっしょに暮らしましょう」
その声は漣の耳に、甘い誘惑となって響いてきた。
漣は彼女から離れたくない一心から、木の幹に上りかけたが、とたんに足をすべらせて地面にしたたか尻もちをついた。
あちこちの樹上から、獣のたてる叫びのようなものがきこえてきた。それが人間の笑い声だとわかるまで、彼はしばらく時間を必要とした。


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