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汐月夜空さん

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溺れてしまった君へ

12/08/09 コンテスト(テーマ):【 プール 】 コメント:0件 汐月夜空 閲覧数:1334

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「プールの水って綺麗だと思う?」
 高校一年の夏、夕焼けが綺麗な帰り道に歓声が聞こえる市営プールを眺めながら君は言った。
「えー? ……ちゃんと衛生基準を満たしてるらしいから、そこらの川よりは綺麗なんじゃない?」
 僕はわざわざスマートフォンで調べて答えた。君はどれどれ、とそれを受け取って眺めてから、めんどくさくなったのかうんざりした表情でそれを返してくる。
「でも、プールの中でトイレをする子供も居るでしょ」
「飲尿健康法とかもあるし、それは汚いとは言わないんじゃない?」
「じゃあ、君はプールの水、飲める?」
「飲めない。汚いとか以前に塩素臭いし、喉がイガイガするから」
「ああ、うん。まあいいや、それで」
「……なにが?」
 急にタッタッタ、と三歩僕の前に出てくるりと振り返り言った。


「プールの水は綺麗かもしれないけれど、ほんの少しの後ろめたさを持っているんだよ」


 教科書の入っていないぺしゃんこの学校指定の鞄をスカートに押し付けて。
 やや前傾姿勢でこちらの様子を伺うようにする君。
 その顔は夕焼けの逆光の中、暗い闇に覆われて見えない。
 笑っているように僕は感じたけれど、どうだろうか。
「……えーと、さっき言っていた塩素とかトイレとか、そういうこと?」
「そう。健康に害を及ぼさないほど微量だけど、確実に後ろめたい何かを含んでいるの」 
「まあ、そうかもね。でも、それってなんにでも言えることじゃ……」
「そうだけど、私と君の関係はいつでも、どんなときでもプールが良いから」
「え?」
「私と君の関係、これからはプールの水ね」
「は?」
「じゃあ、……私はここまでだから。バイバイ」
「って、おい、ちょっと待てよ」
「また必ず、……プールで会おうね!」
 僕の制止に耳を傾けず、君はくるりと踵を返して風のように駆けて行ってしまった。
 僕は必死で追いかけたけれど、やがて離され続ける距離に絶望して足を止めてしまった。
 走っている途中、思えば一度だって僕は君に勝てていないことをふと思い出した。
 駆け足も、泳ぎも、勉強も。君はいつだって隠れて努力しては僕の上を行った。
 僕はそんな努力家な君が、大好きだった。
 そんなことを、ふと思った。
 

 ――プールで会おうね。
 まさか僕と君の関係が、そんな言葉で終わってしまうなんて僕は思いもしなかった。
 その日を最後に君は、僕の目の前から居なくなってしまった。
 
 

 閉館間近の市営プールの中で、僕は一人、沈んでいた。
 日が長い夏だから、空はまだ青く、水底から眺めるそれも、また青い。
 ゆらゆらと揺れては、またくらくらと揺れる。
 視界の右の方で五十代くらいの、だけど引き締まった体つきをしたおじさんがクロールで水面を滑っていく。
 ザワッ、ザワッ、と水が掻き分けられる音がここまで届く。
 左手の方では女子中学生たちが水をかけ合って遊んでいる。
 パチャン、パチャン、うふふ、あはは。
 声と、水音が重なって聞こえてくる。
 僕は残っていた息を全て吐き出した。
 すでに水底に沈んでいた身体は底と同化して一体となった。
 もう、上がる気配もなくなって。
 意識もうっすらと薄くなってくる。完璧に酸素不足。
 だけど、僕は空を見上げて、ぼおっとするだけだ。
 もう、浮かび上がる気力すら起こらない。
 このまま苦しくなって、消えてしまっても良いと本気で思う僕が居た。
 それはどこまでも澄んだ思いだった。

 プールの水の関係。

 それを何度も思い出しては、僕の目から漏れる水はプールに混じって見えなくなる。
 ほんの少しの後ろめたさ。
 病気を治すために突然引っ越して、そこで一年も待たずに命を落とした君。
 それの、一体何が後ろめたいというのか。
 ちっとも後ろめたくなんかないだろ。
 ちっともほんの少しなんかじゃないだろ。
 ふざけるな。ふざけるな! ふざけるな!!
 そんなの、僕が情けなくてたまらなくなるじゃないか!
 水が、漏れていく。
 やがて、吐き出しつくした空気を求めて、どこまでも臆病な手がプールの底を叩いた。
 浮かび上がり、一呼吸して、また沈む。
 一秒だって、この雫をプールから離したくなかった。
 僕と君の、絆だから。
 
 そんなくたびれた思考の中、ふと思い出す言葉があった。
 意味の分からない言葉。
 君が言った、死の淵のプールの話。
 好奇心旺盛な君は、きっとそこで泳いで、泳ぎ着かれて、溺れてしまったのだろう。
 ねえ、そこに僕は居たのかな。
 君は今も、そこに居るのかな。
 だとしたら、会いたいよ。
 いつでもいい。どんなときでもいい。
 僕と君の再会は、そこ以外ありえないから。
 だから、そこで待っていて。

 ――涙味の走馬灯プールの中で、どうか、笑って。


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