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めぇこさん

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モノトーンの決まりごと

15/11/02 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:1件 めぇこ 閲覧数:634

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 ほんの少しばかり、うたた寝するだけのつもりだったのに、目を開けた時には窓の外も、家の中も、真っ暗だった。
あせって時計を見たら、針はまだ夕方と呼べる時刻を示していて、なあんだと胸をなでおろす。
 最近すっかり、日が落ちるのがはやくなった。
寝起きから心臓に負担をかけてしまったせいか、やけに重い身体を引きずるように起こす。
買い物に行きそびれてしまった。
都会ならばつゆ知らず、わたしの住む田舎では、急ぎ足で歩いたって最寄りのスーパーまで30分以上はかかるのだ。外灯もろくにない砂利道を、歩く気力はなかった。

 部屋の電気をつけて、白いカーテンを閉める。どうせまわりに民家なんてないけれど、こっくりと暗い黒に覆われた外と、明るい家が仕切られていないのは、なんだか落ち着かない。その後で確かめた冷蔵庫の中はほとんどからっぽに近くて、3玉セットで売られているうどんの残りひとつだけが、忘れ去られたように鎮座していた。
 ひとりで食べるだけならばそれだけでも構わないと、茹でてどんぶりに移しただけの白い麺にめんつゆをかけて、無駄なもののひとつもないダイニングテーブルで、ずるりずるりとすする。まだ頭が重い。

今日はもう寝てしまおうかしら。
そう考えていた矢先、玄関から物音がした。

「……ただいま」

ぴしゃりとスーツを着こなして、リビングダイニングの扉を開けた彼の姿を見て、口の中に残っていたうどんを飲み込む。
「おかえり」
 早かったのね、と続けかけた言葉もついでに飲み込んだのは、それが嫌味に聞こえる可能性を考えたからだ。ここのところ、それがいつからだったかは、もう明確には覚えていないけれど、彼はいつもタイミングが悪い。
 私が食べているものを見て、多分、悟ったんだろう。少し眉を寄せて不機嫌を隠せないまま、カーテンで仕切られて見えない外、そこへ止まっているはずの愛車へ、彼は視線を投げた。
一時間ほど前までは東京を走っていた黒い外車は、田舎の夜にはさぞかし不似合に違いない。

「買い物、行こうか」
「冷蔵庫にはなにもないけど」
 アメリカで幼少期から多くの時間を過ごしてきたという、帰国子女の彼からすると、私のこのイエスでもノーでもない受け答えがとんちんかんに聞こえるらしいことは、知っていた。彼がそれを、あまりよくは思っていないことも。
 出会った直後に一目ぼれをしてしまったという彼から告白を受けたときだって、都会がきらいな私のために妥協した彼が田舎でのふたり暮らしを提案してきたときだって、そこでの暮らしからちょうど一年後にプロポーズされたときだって、私はうまく返事ができなかった。
なおそうと努力はしたのだけれど、何年経っても、いまだにこんな風だから、それはきっと難しいのだろう。

「…俺は食べてきたから、いいよ」
「そう」
見覚えのない、黒いマフラーをはずす手は、私にちっとも優しくない。それなのに私は立ち上がって、食べかけのうどんもそのままに、お風呂の準備をする。それはもうあたりまえの、機械的な動作で、それを守ることは破ることよりもずっと簡単だと、知っているからだ。
ややぬるいお湯を思い切りひねり出して、浴槽にそれが溜まっていくのを、ぼんやりと縁に手をついたまま眺めた。

決まりごとは、なんだって楽ちんでいい。それさえ守っていれば、それなりに、いつも通りにいくのだから。
うどんが伸びてしまうことも、おとといも、きのうも、誰の口に入ることもなくごみ箱の中でぐちゃぐちゃになったハンバーグも、それを見て見ぬふりをする彼のことですら、決まりごとを守って過ごす日々の重大さと比べたら、すべては取るに足らないようなことだと私は思っている。

「……一緒に入る?」
がらりと浴室のとびらが開いて、後ろから私を追いかけてきた彼の腕が、腰へと回る。白いシャツに包まれたその腕は、マフラーをはずしたときよりも優しくて、そんなに悪い気はしなかった。
「…わたし、ぬるいお湯より、熱いお湯の方が、好き」
言葉に反応した左手が、壁に埋め込まれたパネルのボタンを二回押して、空気に溶ける湯気の量が多くなった。わたしのこの、イエスでもノーでもない受け答えは、ここ数年の彼にとっては、さほどとんちんかんではなくなったようだ。

入浴剤をいれよう、と思った。なんとなくもったいない気がして、使わずにいたもらい物があったはずだ。
真っ白に濁ったお湯はきっといいにおいがするし、万が一の不都合なことも隠してしまうだろうから、とても都合がいい。
白いコットンシャツのボタンをゆるめて、黒い肩紐をのぞかせると、後ろの方でこくりと唾を飲む音がする。


悪い気はしなかったから、日焼けのせいでそこだけが白く浮きあがる、軽そうな薬指のことは、見て見ないふりをした。


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このストーリーに関するコメント

15/11/12 光石七

拝読しました。
イエス・ノーがはっきりしている帰国子女の彼と曖昧な返事になってしまう私の対比と、二人がすれ違っているような描写がいいですね。
お風呂で仲直りするかと思いましたが、どこか目をつぶっているというか曖昧にしているというか、明快なハッピーエンドではないようで。
タイトルにあるようにモノトーンが似合う、雰囲気のあるお話だと思いました。

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