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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
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朧の会

15/11/02 コンテスト(テーマ):第九十四回 時空モノガタリ文学賞 【曖昧】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:738

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 オフィス街に間隙なく束ねられたビルの剣山の一角に、その屋敷は堂々と建っていた。
 都市計画のセオリーからはとても考えられないような立地だが、乱れひとつ見当たらない真っ黒な燻し瓦の屋根は、そういったものを風雪とともに跳ね除けてしまうような気骨を備えていた。事実、古くから何代も続く朧家にとって昨今のちょこざいな決め事などは全くの埒外にあった。
 安土桃山時代に生きた戦国武将にして、氏景系朧家初代当主、朧氏景の月命日にあたる今日。屋敷の周りには塀に寄り添うようにして黒塗りの高級車たちが整然と並んでいた。
 黒服の男たちに護られながら車を降りて来るのはいずれも政財界に名を知られた大物や有識者ばかりだ。彼らは皆、十六世紀に生きながら世界の行く末を憂いたまま亡くなった氏景の遺志を継ぎ、人類を存続させる事を目的に集った『朧の会』の会員である。
 朧の会の存在は公にはされておらず、定員百名の欠員の補充も常に慎重を期した。そうして選ばれた人間たちがまさに朧月夜の如く陰ながら人類の行く先を照らし出さんと、明治時代の結集以来常に歴史の裏で暗躍し続けてきたのだ。
 一室に集まった会員たちは朧家現当主である氏清の司会のもと、提示された議題について早速激論を交わしていた。
 今回の議題は、畿内説、九州説がそれぞれ提唱されていた邪馬台国の正確な位置が、畿内で間違いない事を示す決定的な証拠が遂に発見されてしまった件についてだった。
 まずいですよこれは、という高名な考古学教授の一際甲高い声を皮切りに、その危険性が口々に叫ばれた。
「日本の天皇が中国に朝貢したという事実があってはならない」と国学者本居宣長の言を取り上げて息巻く右寄りの政治家。
「九州の観光価値が下がって日本全体の経済に悪い影響が出るかも知れない」と不安がる経済学者。
「これを期に血気盛んな薩摩隼人が奈良県民に対して戦争を仕掛けるかも知れない」と怯える平和論者。
 誰もがこれはいけない、とこの歴史的快挙に何故か待ったをかけ始めた。
 第一、最初に発言した教授からして畿内説を強く推してきた側の人間だった。だが自分の正しさが立証される以上に、この研究テーマが終焉を告げて補助金が出なくなる事を恐れていたのだ。定年までまだあと数年はある。双子の息子は私立の大学へ通う為にそれぞれ下宿を始めたばかりだ。今、大学内での立ち位置を失うのは致命的だった。
 欲を言えば名誉教授に推されるタイミングでの発表が教授にとっては望ましかったが、朧の会で議題に上がってしまった以上、邪馬台国の正確な位置が明らかにされる日はもう二度と来ないだろう。朧の会とはつまるところ、物事をあやふやにしてしまうためだけに作られた組織なのだった。

 朧氏景は戦国武将として類稀なる将才を備えた、朧家中興の祖であった。
 いつか必ずや日の本を束ねるであろうとその将来を嘱望されたが、そうはならなかった。決して氏景の器量が至らなかったのではなく、彼が生を享けた頃には豊臣秀吉の大躍進によりほぼ世の趨勢は定まっていたのだ。
 世が世ならば、と家臣領民に讃え続けられた氏景は、その事をひどく気に病んでいた。検地、刀狩により乱世がきっちりと改められていくにつれて希望が失われていくのを感じ、家督を譲り禅に没頭した結果人が生きていく為には常に未開の領域が必要であると悟ったのだった。
 晩年に遺した天衣無縫、曖昧模糊の書は今でも会場となる部屋に掲げられている。

 その崇高な理念は年を経るにつれ極めて日本人的な譲歩の性質と次第にすり替わっていったが結論としては氏景の目論見通り、日々世の中に残された曖昧さは、人々の生きる希望は守られ続けた。
「では、そろそろ決を取りましょうか」
 代表であるはずの氏清よりも上座に座った超大手広告会社の会長が、過熱する話し合いの中鶴の一声を上げた。それを合図に会員のもとへ投票用紙が配られ、無記名のまま部屋の前方へ設置された投票箱へと差し入れる。その際には件の墨跡に向けて一礼するのが一応のならわしだった。
 投票箱を開け全ての票を数え終えた氏清が、軽い咳払いの後に告げる。
「では、この議題につきましては非認可という事で」
 こうしてまた、世の中からひとつの物事が曖昧にされていくのだった。


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