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Fujikiさん

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浜に下りる

15/10/19 コンテスト(テーマ):第九十五回 時空モノガタリ文学賞 【 秘宝 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:820

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 その少女が浜に現れたのは三月のある夜更けである。満月に照らされた砂浜を見渡し、誰もいないことを確かめる。ずっと昔、父に連れられて潮干狩りに来たことはあるものの、夜に一人で来るのは初めてである。
 少女は乾いた一角を見つけ、園芸用のショベルで砂を掘り始める。腕が肘まで入る穴ができ上がると、リュックサックからビニール袋にくるんだ包みを両手で抱き寄せるように取り出して穴の底にそっと横たえる。
 穴に再び砂を丁寧にかぶせ、冷たい海水で手を洗う。浜を後にした時になってはじめて、少女は顔じゅうが涙で濡れていることに気づく。穴を掘っている間ずっと泣いていたらしい。体の内側では身を裂く痛みの残響がいつまでも尾を引いている。
 そういえば前日の朝から何も食べていない。少女は袖で顔を拭い、道の先のコンビニに吸い寄せられるように入る。真っ先に目に入った五個入りのクリームパンを買い、店の前で空っぽの腹に詰め込む。柔らかいパン生地を噛みしめると、また涙が目から溢れてくる。
「隣、いい?」
 突然聞こえた声に少女はびくっとする。声の主は返事を待つことなく、少女の座る車止めに腰を下ろす。長袖のTシャツを着た見慣れない顔の少年である。手足は長いが、声変わりはしていない。同じ中学校の生徒ではないようである。
「何してるの?」弾むようなリズムのある声で彼が訊く。
「別に」
「どっかからの帰り?」
「うん」
「肝だめしとか?」
「ううん」
「じゃあ、何?」
「えっと、宝物を隠してきたの」
「宝物って王家の秘宝とか埋蔵金とかってやつ?」
「違う。私だけの、個人的な宝物」と、言葉を選びながら少女は答える。からかわれているような気がして訝しげに少年の顔を窺ったが、大きな目には嘲りのかけらさえ見えない。世の中のことなど何も知らない天使のような瞳である。
「君だけの個人的な宝物ならさ、どうしてそばに置いておかなかったの?」と、彼が訊く。次から次へと質問が湧いてくるようである。
「……さあ、何でかね」少女は答えをはぐらかす。
「ねえ、一個ちょうだい」
 唐突にそう言うなり、彼は腕を伸ばして少女の膝の上からパンをかすめ取る。肌が透けそうなほど色白の手であるが、大きな掌に似合わない華奢な指はどこか柳太先輩の手に似ていると少女は思う。
 二学年上の柳太先輩と出会ったのは、少女がマネージャーとして男子バスケ部に入部した時だった。ボールをつかむ指先の繊細さが、筋骨たくましい体つきとは対照的で一際目を引いた。付き合い始めてからは、両親が共働きの先輩の家で過ごすことが多くなった。太い両腕に包まれながら先輩の細長い指に自分の指先をからませている間が少女にとっての至福のひとときだった。
 少女が体の異変について相談した時、今は受験勉強があるから少し時間がほしいと先輩は言った。ほどなく先輩は部活を引退し、そのうちにメールも電話も返ってこなくなった。家を訪ねても門は固く閉ざされたままだった。後になって先輩の名前が県内有数の進学校への合格者として廊下に張り出されたのを少女は見た。
 たとえ連絡が途絶えても、お腹の中の子どもを介して二人はつながっていると少女は信じていた。だからこそ子どものことは二人だけの秘密でなければならなかった。だが、いくら布できつく腰を縛ってもお腹が大きくなり続けるのを止めることはできなかった。さいわい体の変化を家族に見咎められる心配はほとんどなかった。母は寝ているか夜勤で家を空けているかのどちらかであり、父とは既に別居していた。学校を無断で休んでも気づかれることはなかった。
 何時間にも及ぶ苦痛の末、少女は自宅のトイレで彼を体の外に出した。彼は泣き声一つ上げず、身動きさえしなかった。小さな人間の形をした赤黒い肉の塊であった。ぐにゃりと横たわる濡れた彼の体を持ち上げた途端に全身がうつろになっていくような悲しみに襲われたが、どこかでほっとしてもいた。少女は、ほっとしている自分が憎かった。
 ――彼は私の宝物。厄介者扱いなんて許されない――
「もうすぐ朝になるよ」と、彼が言う。少年は飼い主を心配する子犬のように、うつむいた少女の顔を覗き込んでいる。
「もう行かなきゃ」と言い、少女は立ち上がる。夜明けには母が夜勤から帰ってくる。
「そっちは家に帰らなくて大丈夫?」
「ボク、海で暮らしてるんだ。家がないから」
「親とかいないの?」
「分からない。覚えてる限りではずっと一人」と言って彼は小さく笑う。
 東の空が明るく染まるのを見て少女はそそくさと歩き始めるが、すぐに少年のことが気になって足を止める。彼を置いて行ってはいけないと心の中の何かが強く訴える。振り返ってみるが、車止めに腰かけていたはずの彼の姿はどこにも見当たらない。
 でも彼の居場所は分かっている。少女は再び浜へと向かっていく。


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このストーリーに関するコメント

15/11/28 光石七

拝読しました。
仄かに幻想的で、切なさと危うさ、奇妙な温かさが感じられて、読む者を引き付ける力を持ったお話だと思いました。
浜に戻った少女がどうするのか、余韻があっていいですね。
素敵なお話をありがとうございます。

15/11/28 Fujiki

コメントありがとうございます! 蛇の子を宿した娘が海で身を清めて腹の中の子を流すという故事に由来する、浜下りと呼ばれる地元の伝統行事から着想を得ているので、おとぎ話っぽい現実離れした雰囲気にしてみました。

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