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seikaさん

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性別 女性
将来の夢 生まれ変わること
座右の銘 朝、一杯のコーヒー

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あまりに浮世離れした家

15/10/12 コンテスト(テーマ):第六十六回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 seika 閲覧数:639

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 戸舞賛歌は本当にピンクレディをアメリカの歌手だと思っていた。しかもそれで済んだのだ。戸舞賛歌は田舎大学でドイツ語を教えていたが、あるとき大学を辞めてしまった。自宅で翻訳の仕事をしていたからだ。なんでもドイツのパルプマガジンのSFだという。これは大ヒットというわけではなかったけれどもいわゆる固定客がついて、売り上げは常に安定していた。だからある意味自適悠々の生活というものを送っていたわけだ。好きなクラシック音楽を聴き、好きな読書をし、好きな登山とスキーをし、いやなヤツとは付き合わない…。戸舞賛歌はテレビやラジオの類が嫌いだったから自分でもあまり見なかったし家族にだって自分が気に入った番組以外見せなかった。だからピンクレディがアメリカの歌手であろうと静岡の歌手であろうとどうでも良かったのだ。

 戸舞賛歌は翻訳の仕事だけはきちんとこなしていた。朝早く起きて朝食前にもう何枚か仕上げていた。壮大な宇宙を舞台に巨大な宇宙船やら高度に発達した科学によって何万光年先の星雲星団にも移動できるという設定だ。いわば壮大な宇宙ロマン、だからピンクレディのミィとケィが・・・なんていうお話はタブーであり、常に浮世離れしていなければならなかった。そして我が家全体が大きく長期にわたって浮世離れしていたのだ。

 戸舞賛歌は朝起きると書斎に行く。冬などはタイマーでストーブが点いていてすでに書斎は暖かくなっている。そしてお気に入りのクラシックを聴きながら何枚か仕上げる。モーツァルトのピアノ協奏曲の事もあればカルミナプラーナのこともある。が青葉城恋歌ということは絶対にない。とにかくクラシックなのだ。
 そして一仕事終わると食堂にやってくる。東京人の戸舞賛歌は塩昆布が好きだ。熱いご飯に塩昆布を埋める。意外にも和食が多いのである。そしてテレビのニュースやらなんやらを見る。大抵はNHK。チャラけたのが大嫌いな戸舞賛歌だ。
 そしてまた書斎に入って仕事をするか、自転車あるいはタクシーで町に出かけるかどちらかだ。町といっても行くところは懇意にしている書店とかクラシックの多いレコード屋ぐらいにしか行かない。スーパーやホームセンターなんかには絶対に行かない。甘党の戸舞賛歌はこの町にある本格パデイスリーによっていくつかスィーツをかつて来ることもよくある。そして昼はうちで食べる。ドイツパンにレバーペーストなんていうことも多い。そして午後は昼寝と愛犬の散歩とそして仕事や読書だ。戸舞賛歌の場合、収入になるSF翻訳も仕事というが、それだけではなく収入にはならない歴史考証の研究も仕事と称している。愛犬ブルックナーの散歩には近くに住むナカノも同行することもよくある。そういえ大学を辞めてから戸舞賛歌の日常の付き合いというとわたしたち家族以外はナカノぐらいだ。戸舞賛歌と親しい山登り仲間スキー仲間などは何人かいるが、いずれもこの町を遠く離れ居るし彼らが戸舞賛歌に合うのはせいぜい年にニ、三回ぐらいだ。後そのほかにこの田舎町にも戸舞賛歌の「読書談義仲間」はニ、三人ぐらい居た。医者や銀行員など職業はさまざまだが時たま戸舞賛歌の書斎に来ては浮世離れした話にうつつを抜かして言った。
 たしかに戸舞賛歌みたいに浮世離れした人を私はほかに知らない。大晦日の紅白歌合戦は絶対見ない主義見せない主義だった。まあとにかく我が家はクラシック音楽と本に関心をもってさえ居れば居心地は良かった。私が当時テレビCMで使われていた
「モーツァルトのクラリネット五重奏曲は流れていた…。」
なんていうと、戸舞賛歌は
「ああ、あれか…。」
とワイングラス片手に思い出し
「♪たーたーたーたー♪っていうやつだな。」
とフレーズを口ずさむ。そして翌日に懇意のレコード屋にいってはモーツアルトのクラリネット五重奏曲を買ってくるのだ。つまりわたしたち家族は戸舞賛歌の「飼い猫」だったのである。そんな私に恋人は勿論友だちもすらもいない。私の友達というのは空想の世界に現れれる天使や妖精たちだった。髪を長く伸ばし、白いブラウスに赤いチェックのエプロンスカートで自転車に乗って戸舞賛歌にいわれたケーキを買いに行く。私はトマイ先生のお嬢さんだったのだ。

 そういえば戸舞賛歌は親戚との関係だって疎遠になっていた。本当に日常の付き合いはわたしたち家族と近くに住むナカノぐらいだ。わたしたち家族の勝手に友人知人は作らせなかったしとにかく家の中では戸舞賛歌が神様であり絶対だった。誰も戸舞賛歌に口答えする人はいない。が戸舞賛歌の言う事はをすべてはいはいと聞いてさえいればそれでよかった。戸舞賛歌には一切の批判や疑念は許されなかったし、戸舞賛歌がピンクレディはアメリカの歌手といえばそれが真実になってしまうのだ。

 そんな戸舞賛歌は歴史ロマンや宇宙ロマンの話をとくとくと夕食時聞かせていた。ある日宇宙の創造に関して戸舞賛歌はそこに神の意志が関与していると言い出したことがある。かなり哲学的な話題だ。そして私は戸舞賛歌と一緒に近くの里山を歩いている。さっきの宇宙創造の話をまだ戸舞賛歌はしている。
「科学というものだが、それはわれわれの脳という器官が近くとして捕らえたもの信号だ。もしわれわれの脳がさらに大きな機能を得ることができたら、今の科学というものですら単なる幻想に過ぎなくなってしまう可能性がある。」
と近くの盃山でいうのだ。
「ほー、どういうことですね…。」
と興味深そうに言うのはナカノだ。この散歩にはナカノも同行していた。
「つまりだ、科学の法則というもの、それはすべて脳の機能によって生じた幻想ということかしれない。さらに脳という器官が大きな機能を得たら、つまりこの法則というものすらも自由に作り出してしまうこともなるかもしれない。」
「はー。」
とナカノは感嘆している。
「つまり脳という器官が宇宙を作ることが可能であるということだ。」
「なるほど…。」
ナカノは興味深そうだ。
これを戸舞賛歌の教養話という。そして家に帰る。
「…ノアゼットのガトーショコラ、食いたくなったなぁ…。」
と哲学的ではないことを戸舞賛歌が言う。そして私に5千円札を渡して
「おい、これでノアゼットでガトーショコラ、買ってきてくれ。切っているやつじゃなくてホールのヤツだ。」
という。私はグリーンのエプロンスカートの上に赤いダッフルコートを羽織って自転車をこいでノアゼットに行く。トマイ先生のお嬢さんともう顔なじみだ。
「今日は先生、なにを…?」
「ガトーショコラ、ピースで…。」
とそして夕暮れ迫る町を肌寒い風を切って自転車を走らせる…。

 このころになると、戸舞賛歌は夕方やっている子供向けのアニメなんかも見るようになった。ときにウイスキー、特にワインでバイエリッシュブリューという白カビチーズの中に青カビの入ったチーズで、「日本昔話」やら「ベルサイユのバラ」「ときめきトゥナイト」なんかを見ていたものだ。 
そして夕食後、戸舞賛歌はナカノに電話する。昼間の話の続きだ。
「脳が新たな昨日を得て、部分的であっても宇宙を創造できたとしたらどうなるだろう・・・。」
そんな電話を長々としている。もちろんBGMにクラシックを流して…。私もウル デ リコの絵本「ニーベルングの指輪」を見ている。私たち家族全員が浮世離れしていた。そしてそれで済んだ時代だった。
 
 戸舞賛歌は田舎大学ドサ廻りのドイツ語の先生…いやドイツ文学者ということになっていた。がしかし戸舞賛歌は当時また一度もドイツに行った事はなかった。ドイツどころか日本国内も旅した事はない。あの人が行ったことがあるところと行ったら書店古書店図書館。あとは山ぐらいなのだ。そして戸舞賛歌の頭の中のドイツは街中にバッハのブランデンブルク協奏曲が流れ、ジーパンを穿いている人などいなくて誰もが本を読み、知的な会話を交わしている…そんな土地だった。そして私たち誰もがドイツとはそういうところであると信じていた。知的で文化的で世俗的ではなくつねに誰もが本を読みそして哲学的な会話をあちこちのカフェで交わされている…かつて大学でドイツ語の教材として使われていた「アルトハイデルベルク」とい中編小説があり、そのために日本人のインテリはこのアルトハイデルベルクという小説に理想卿としてのドイツを夢見たのだ。
 庭にヨーロッパのハーブを植え、一客数万のヨーロッパのカップ&ソーサーで紅茶やココアを入れ、そして戸舞賛歌やナカノと共にクラシックコンサートに出かけていた。戸舞賛歌に来客があれば戸舞賛歌は自分の娘を披露するかのごとくわたしを書斎に呼んだ。決してズボンなどははかない。いつでもワンピースかエプロンスカートだ。まっすぐな長い髪とほっそりとした私はどこかにいっても「お姉さん」と呼ばれること無く「お嬢さん」といわれた。どう見てもそしてオーラそのものが「お嬢さん」だった。同世代のクラスメイトたちは皆それぞれカレシを作って流行りの格好で町を歩いている。が私はこの人たちとは別な世界に居た。よく戸舞賛歌は私向きの本を見つけたといろいろ本を買って来た。ウル デ リコの「ニーベルグの指輪」もその一つだ。

 そして戸舞賛歌は自分の弟子のところに綿をお嫁に出そうとしていた。弟子というわけではないが
「ナカノの息子なんかどうだろう…?」
といっていた。ナカノの息子は私はいちどしかあった事はない。心理学をやつていてそして将来は大学の先生になるらしい。
「心理学といっても話が合わないわけではない…。」
戸舞賛歌はワインを片手に私にそういった。
「ほかにそうだな・・・あまり適当なヤツが居ないなぁ…。」と
戸舞賛歌はいう。
「今はこのSFの翻訳をやっているが、いずれ小説を書きたいし、また歴史考証もやらなければならない。おまえの結婚相手にはそれらを手伝ってもらわなければならない。」
と戸舞賛歌はグラスの中の黄金色の液体を見ながらそういう。
「…パパ、それはアウセレーゼ。」
と私が訪ねると、
「そうだ。マドンナだがアウセレーゼだ。おまえも飲むか。」
といってワイングラスを取り出し、そこに半分ぐらい注ぐ。
「いずれおまえの結婚相手にもここに住んでもらって、歴史考証などの仕事を手伝ってもらう。心理学だったら結構西洋史に明るそうだな。そのうちにナカノに話してみるか…。」
と戸舞賛歌は暖炉の火を見ながらいう。
「おまえたちに子供が生まれたら、そうだな…ヴァイオリンでも習わせようか…。小さな頃からちゃんと教育すれば可能性はある。音楽はできるだけ早く始めたほうがいい。」
「…。」
「ところで、おまえ、シャガールが好きだったな。」
「うん。」
「フェルメールは関心ないか?」
「うん。」
「まあ、人それぞれだ。」
その当時私はリキテックスでアクリル画を書いていたけど、それが何かシャガールっぽかった。

そして夜が来る。暖炉の薪を消して、そして私は自分の部屋のアラジンのブルーフレームストーブに火をつける。そして浴室に行く。ネグリジェを着て詩文の部屋に入り、そしてタイマーでクラシックを流して床に入る。このころの私は戸舞賛歌の期待通り、すっかりクラシック通になっていた。わたしはいつしか戸舞賛歌が期待するイメージどおりのお嬢さんになっていたのだ。私の部屋の本棚に何冊も本が並ぶ。戸舞賛歌も好き無そうな歴史や美術や音楽の本だ。外には心身と雪が降り、そして積もる。お嬢さんの私が雪かきをさせられることはなかった。誰か学生アルバイトがやってきて、そして門から厳寒まで雪を掃いてくれる。私はきれいな格好をして、そしてタクシーで町に出かける。ナカノの誕生日なのだからそのためのワインを買うためだ。
「ベーゲンスカステラー ドクトルのキャビネット、ありますか?」
と一本7000円もするワインをタクシーで買い付けてくる。そして帰りにデパートでチーズを買う。そしてあのころの私はこう時を過ごしていた。

 

 


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